勤務中にしんどくて横になりたいと思ったのは今日が初めてだった。外に出ると暑くてしなびそうだ。ふにゃふにゃしながら歩いている。
予告通り医療費の話。それは主治医とのこんな会話から始まった。
「えーと、7月はウイルス量見てるから、次回はしなくていいね」
「そうですね。この検査は月1回が限度でしたよね。それよりたくさんすると、病院の持ち出しになる…」
「そうなんです。こういうのも締めつけがきつくてねえ」
ここから話は予期せぬ方向に進んでいった。
「医療費削減で固まってるからねえ。わけのわかってない人たちが、高額だってだけで医療費をどんどん削ってる。来年あたり血友病も1割負担なんて話になるんじゃないか。透析や血友病あたりがね。血友病の1割って、いったいいくらになるのよ?」
「きついですねえ。それじゃ例えば、免疫寛容療法とかは…」
「クロスエイトは供給に余裕が出てきた。リコンビナント(遺伝子組換製剤)が潤沢になったからね。ただ、あなたがいうように、お金の点では無理になっちゃうね」
「………」
主治医はこんな話題でもいつもの通りにこやかに語っていたが、キャリアのかなりの部分をHIVや血友病に費やしてきた医師の言葉には重みがあった。
説明がいるかもしれない。血友病の治療費は極めて高額だ。第VIII、IX因子製剤がもともと大変高価なこと、これらの凝固因子は血中の半減期が数時間と非常に短いので、頻回投与を余儀なくされることが、その大きな理由だ。
いくらかかるのか、薬価を使って大ざっぱに計算してみよう。例えば、大人の血友病A患者さんが日赤のクロスエイトM(もちろんバイエルのコージネートやバクスターのリコネイトでもいい。第VIII因子製剤は何を使っても薬価は変わらない)1000単位を週3回自己注射で定期的投与しているとする。薬価サーチによれば、クロスエイトM1000単位の薬価は72,247円(ちなみにペグイントロン100ugは32,447円)。月単位だと72,247円×週3回×4週として、866,964円。この1割は86,696円。住宅ローン程度のカネが毎月くすりにかかることになり、それが一生続く。これはあくまで、止血するためにかかる最低の薬代だ。定期的投与が最低ラインかという議論はあろうが、日々起こりうる程度の出血を止めていくだけでもこれだけかかるわけで、予期せぬ大出血や事故、手術などがあれば、治療費ははね上がる。また、出血による関節障害の整形外科的治療の費用、20代以上の患者さんだと、肝炎その他の感染症の治療費などを加えれば、生活そのものが困難になることは明らかだ。だから、血友病と血液製剤によるHIV感染、人工透析は長期特定疾病、通称「マル長」といって、健康保険の自己負担分の上限が、1病院あたり月1万円と決められている。主治医が言うのは、このマル長が撤廃されるおそれがあるということだ。完全撤廃だと、1割どころか3割負担になるので、正確には制度縮小だ。
免疫寛容療法は、インヒビターといって、製剤に対する抗体ができて、効かなくなった患者さんに行われる。インヒビターにはバイパス製剤という、抗体のできていない別の凝固因子製剤が多く使われるが、これは回りくどいやり方で何とか止血しようという方法なので、インヒビター自体は温存される。また、バイパス製剤は第VIII因子製剤以上に高価だ。免疫寛容療法は抗体のできてしまった方の製剤を大量に投与することで、抗体を無力化させてしまおうという荒業的治療法だ。これには国際的プロトコルがあって、条件に合った患者さんのみが行える。
主治医の言葉が重く響いたのは、実は治療費一部自己負担の別の動きが昨年あって、それを患者会などが首の皮一枚のところで止めさせたときの記憶があったからだ。その時の国と患者との交渉の場に、幸運にも私は同席させてもらっていた。
以下は次回に。
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