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2005年7月30日 (土)

バタンキューの週末

今日、NHKの朝のニュースを見ていたら、国の社会保障審議会医療保険部会で高額医療費の見直しが始まったと伝えられていた。新聞社のWebでの記事はこちら。傷病手当金もカットされる方向のようだ。たぶん、今年検討、来年国会、再来年施行・現実化ということになるだろう。厚生労働省のWebでは、29日の開催案内だけしか出ていない。しかも検討内容の通知は非常に大ざっぱなものだ。当日資料ももちろんまだ。とうとう始まった。

今日は出勤だったが、通勤に使っている山陰線は人身事故で不通になっていて、職場に着けたのが10時半。午前中で終わりのはずが、午後から何やらいう研修会の受付を冷房もないところでやらされて、ヘタって帰ってきた。週最後のひとがんばりがとんでもなかった。帰りの電車で寝て、家でも復活できず、夕食後早々に寝室で寝て、多少復活したので居間に降りると、妻と娘が『ウォーターボーイズ』を楽しそうに観ていた。おとーさんはさびしい。

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2005年7月29日 (金)

金曜日

カレンダーを見ると、このところ2週間はいつも金曜日の記事がない。体調がよくないこともあろうが、いつも長く書くので、ここいらへんで気が抜けるんだろう。ということで、3週連続で金曜日に書かないのもしゃくなので、今日は少しだけ書いとこう。

今日もフラフラする。目から上がぼーっとして重い状態が水曜日以来続いている。そこから下も力が入っているのか、入っていないのかよくわからない変な状態だ。歩くのも夏の日差しの中、ズルズルフラフラだ。勤めをする気にもならない(あ、そりゃいつもか)ので、さぼってこのBlogのデザインを変えたりして遊んでいた。猥褻裁判になりそうなヤらしいデザインとかねーかな、などと下衆な心持ちで探していたが、さすがはニフティ、そんなものあるはずもなく、夏だから涼しそうなのにするかと、今のに落ち着いた。涼しげというより、下の娘の洟みたいな色だな。

今日は上の娘の4歳の誕生日だった。日曜日はバースデーケーキを私が焼くことになっている。数年前に焼いたクリスマスケーキが好評で、それ以来わが家ではクリスマスケーキとバースデーケーキづくりは私の仕事になった。

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2005年7月28日 (木)

例の発表

どうも今週はずっと調子が悪い。暑さのせいもあるのかフラフラする。

昨日の夕刊の一面トップになっていたし、話題が話題なので、皆さんご存知だろう。保健所でのHCV抗体検査が、40歳未満でも無料、しかもHIVと抱き合わせ不要となる。歳をとって肝硬変や肝臓ガンになってから使う医療費より、早期発見のこちらの方がおトクと天秤にかけたかどうかは知らないが、まずはひとつ前進ではある。しかし、問題は発見してどうするかで、多数の患者さんたちがインターフェロンを使うことを想像するとぞっとする。医療費だのなんだのと、こまっしゃくれたことを言うつもりはない。100万人とも200万人ともいわれる患者さんの、今以上のいくばくかでも治療に入れば、もう日本中が「しんどい、苦しい」の大合唱だ。今回の報道は、この点をかなりネグっているように思える。併用療法が効くことは報告もあるし、その通りだろうとは思うが、長い治療が終了するまでに、つらい副作用や本当に効くかどうかの不安を抱えなければならないことを、マスコミは伝えていない。しかも、最近のインターフェロンによる治療は、数年前より長期化しているので、苦しさという点では増大しているかもしれないのだ。これに高額の医療費を支払う苦しさが追い討ちをかける。「抗体検査だけは無料にしとくから、あとは勝手に苦しいことやっといて」では何もしていないのと同じことだ。

C型肝炎は、ある意味大変おかしな病気で、自覚症状はあまりない。治療するよりしない方が日常生活は格段に楽だ。これが治療しはじめるととたんにつらくなるのは、お仲間さんたちのBlogを読めば一目瞭然だ。ではなぜ治療するかといえば、ほうっておくと後が怖いからだ。先天性の病気の方で、打てば劇的に効いて楽になるという正反対の性格のくすりを私は使っているから、何で好きこのんで1年近くもこんな苦しい目にあわなければならないのかと、今でも思う。副作用が強いからといってよく効いているわけではないので、効果の程は自覚できず、それがはっきりわかるのは、月一回のウイルス検査だけだ。治療中にウイルス量がなかなか下がらなければ不安になるし、早期に陰性化したからといって、それで治療が終わるわけでもない。むしろ下手に早期陰性化となると、以後の長い治療のモチベーションが、かえって下がるおそれもある。こうしたところをわかってもらえないと、治療している当の本人としてはやりきれない。

そもそも今回の措置がどの程度効果があるかは未知数だ。今まで発見できたのが、全体の5%との話もある。それこそ事業所に義務づけられた健康診断の項目に組み込み、無料にする(今は有料オプション)くらいのことをしないと、発見数は伸びないかもしれない。誰でもこういうことはあまり知りたくないし、自覚症状もないから、保健所にも行かないことが充分考えられるのではなかろうか。

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2005年7月27日 (水)

不眠とかゆみ

昨日は思いきり不眠が出てしまい、今日は眠い眠い。それと注射痕のかゆみも出ている。掻いたせいか注射のせいかわからないが、多少はれぼったくもある。

今日は寝ます。いつもは長いが、今日はこれにて。

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2005年7月26日 (火)

投与9回目

台風接近中で、病院も空いているように見えたが、呼ばれるのは遅かった。主治医によれば、「濃い患者が多いから」だそうだ。結局台風は大したことなく過ぎていった。体重測定するも、特に影響なし。血中数値小幅下降。止血については「2週間ごとに投与するしかないかねえ。何の影響かねえ。やはり血小板が多少落ちたのが影響しているかな」

電車やバスに乗ると、本を読んでいることが多いのだが、今日はそんな気も起こらず、ぼーっとしている。診察を待っているときも同じだった。

前回までの記事を少し補足しておく。医療費については厚生労働省の社会保障審議会などで現在審議中で、年内に議論が終わり、来年には医療制度改革関連法案として、国会で審議される予定になっている。医療保険(健康保険)については同審議会の医療保険部会で審議中だ。老人医療と国民健康保険が俎上に上がっている。議事録もWebで公開されていて、逐語録なので、読んでみるとまるで戯曲か脚本のようで面白い。機会があればご一読いただきたい。なお、公開されている議事録は、多くがテキストファイルなので、ブラウザによっては文字化けする。そのときはダウンロードして、他のソフトで読むとよい。

しかし、最近の議事録をざっと読んでみる(副作用のせいで、読んでもあまり頭に入らないのよ)と、国民健康保険の惨状はもはや破滅的のようだ。まともに保険料を払えるひとが加入者の半分もいない、第1次産業従事者や自営業者のための保険が、他の医療保険に入れない人の保険になってしまっている、といった聞くも恐ろしい発言が部会委員から出ている。高齢化や産業構造の変化に保険制度が全くついていけてないこともあるが、不況が長引きすぎたのが、もともとの大きな問題ではなかろうか。これも国の失策だ。バブル崩壊以後は「失われた10年」と言われたものだが、それも「失われた20年」になろうとしている。今年は戦後60年だそうだから、日本の戦後の実に後半3分の1ほどが、ずーっと不況だったことになる。これでは失業者もフリーターも増えるはずだ。そうした人たちが、全部国保へなだれ込んでいるというわけだ。

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2005年7月24日 (日)

不毛地帯へようこそ その3

小慢の一部自己負担について、患者会、HIV原告団等と厚生労働省の担当者の会合が持たれたのが、昨年11月。その直前に下打ち合わせが両者の担当同士でもたれていた。そこですでに血友病患者は自己負担なしとする旨の回答は引き出されていた。血友病の除外規定はないというのが、厚生労働省からの当初の回答だったらしいが、これが撤回されたことになる。正式会合の場に私はいたが、厚生労働省側から、「条文には「負担を求める」ではなく「負担を求めることができる」と書いてありますよ」という発言があったのには、正直あきれた。つまり、すべてから負担を求めるわけではなく、例外がありえ、はなから血友病はその例外だったと言い逃れたいのだ。

そして、血友病だけでなく、その類縁疾患にも今後とも自己負担を求めないことも確認された。実はここが私の一番の心配だった。ただし、これが本当に今後も続くかどうかは未知数だ。

医療費の負担を強いる国の動きはこれからも続くだろう。HIV感染禍のあった血友病でも聖域ではない。小慢の対象となる20歳未満の血友病患者さんには、製剤でHIVや肝炎ウイルスに感染した例はすでにないはずだ。もはやこれも過去のことになってしまったのだ。また、数年前には、奈良医大の血友病治療の保険請求が不正請求として却下されたことが、ことさらに日経新聞で報道されたことがあった。これが当局のリークによるのは明白で、このとき患者会は抗議し、報道の経緯の説明を求めている。このように、血友病と類縁疾患の医療費に対する動きは、ごく最近のことではない。波状攻撃を仕掛けてきている。

はじめに戻って考えると、主治医が危惧していた、いわゆるマル長は、調べて見るとどうも高額療養費の制度の一環のようだ。とすると、マル長のみならず高額療養費制度そのものが見直しの対象となることは、充分考えられる。国が最も切り捨てたい老人医療の削減に、これは大きく寄与するだろう。「高額医療費」をGoogleで検索すると、上位に来るのが葬儀屋のサイトというのが、なんとも象徴的だ。こうしたなりふりかまわぬ医療費削減の先にあるのは、生きるに生きられない、草も木も、血も涙も残っていない不毛地帯のような日本だ。

C型肝炎の治療では、ウイルスがなかなか消えない人でも、これからよいくすりが出るから、それまで体調を維持して待っていようというのが、今までのひとつのスタンスではなかったかと思う。実際そのようになってきているのは確かだ。しかし、今後はよいくすりが出ても、カネがないので治療できないという事態が増えるかもしれない。今のうちにやれるだけのことはやっておくというのもあり、だろうか。

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2005年7月23日 (土)

不毛地帯へようこそ その2

血友病の場合、マル長で決められている上限1万円の自己負担分には、さらに国の公費負担制度があり、20歳未満の患者さんには小児慢性特定疾患治療研究事業(小慢)、20歳以上の患者さんには、先天性血液凝固因子障害等治療研究事業(通称「マル血」)によって、自己負担分が公費負担される。これによって、血友病は治療費が無料になる。つまり、健康保険(「医療保険」の方が正しいか)での負担分の残りを国が負担している。これ以外の類縁疾患(例えば先天性フィブリノゲン欠乏症)は、小慢とマル血のみで全額公費負担となる。昨年秋、小慢に一部自己負担が導入され、今年度から施行されているが、血友病とその類縁疾患のみ、自己負担は取りやめとなったのだった。

ことの経緯はこうだ。小児慢性特定疾患治療研究事業の見直しは、以前から検討されていて、国の審議会に、「難病の子ども支援全国ネットワーク」の事務局長が患者側代表として入っていた。この団体には、数多くの難病団体の親の会が入っているが、血友病患者会は入っていない。全国ネットワークの方は小慢の法制化・恒久化が懸案(治療研究事業は年度ごとの事業で、予算がつかなければ取りやめとなる。法制化されれば自動的に予算がつく)だった。国は恒久的財源確保を理由に、治療費の一部自己負担を提案し、それを患者側が結局のんで、児童福祉法の改正という形で小慢の法制化と一部自己負担が通ってしまったのだ。この児童福祉法の改正は、児童虐待に対する児童相談所等の機能強化がほとんどで、特定疾患に関する条項はほんの一部、まるでついでにとってつけたような印象を受ける。自己負担は所得に応じて額が変わるが、通院5,000円、入院10,000円程度(月額)のようで、重症認定者は無料となる。ただし、これは通知によっており、法改正がなくとも変更可能だ。小児難病の自己負担額は、役人のさじ加減でいくらでも変えられるものとなった。

一方、血友病と類縁疾患の患者には、これら患者の治療費は、生涯にわたって国が全額負担する旨の国会決議があった。これはエイズ予防法制定と同時に決議された。国の治療費負担はそれだけ見ればよいことだろうが、これは、エイズのハイリスクグループと当時目された血友病患者の囲い込みをはかったものと推測される。エイズ予防法は廃止された(「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」に統合された)が、この国会決議は今も生きている。さらにHIV訴訟和解とその後行っている協議もある。この点を民主党の家西議員や患者会、HIV原告団が指摘、要望書を提出して、血友病と類縁疾患患者の公費負担の堅持を確認させた。これにより、血友病と類縁疾患患者は重症認定者と同様の扱いとなった。参議院での児童福祉法改正可決直前のできごとだった。法改正には除外規定はなく、小児特定疾患のすべてが対象となるはずだった。担当した厚生労働省の雇用均等・児童家庭局母子保健課は、国会決議などの事項を知らなかったらしい。知らないから患者との事前協議もしなかったのだ。知らない、で本来済むはずはないのだが……。

この項、次回も続きます。

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2005年7月21日 (木)

不毛地帯へようこそ その1

勤務中にしんどくて横になりたいと思ったのは今日が初めてだった。外に出ると暑くてしなびそうだ。ふにゃふにゃしながら歩いている。

予告通り医療費の話。それは主治医とのこんな会話から始まった。
「えーと、7月はウイルス量見てるから、次回はしなくていいね」
「そうですね。この検査は月1回が限度でしたよね。それよりたくさんすると、病院の持ち出しになる…」
「そうなんです。こういうのも締めつけがきつくてねえ」
ここから話は予期せぬ方向に進んでいった。
「医療費削減で固まってるからねえ。わけのわかってない人たちが、高額だってだけで医療費をどんどん削ってる。来年あたり血友病も1割負担なんて話になるんじゃないか。透析や血友病あたりがね。血友病の1割って、いったいいくらになるのよ?」
「きついですねえ。それじゃ例えば、免疫寛容療法とかは…」
「クロスエイトは供給に余裕が出てきた。リコンビナント(遺伝子組換製剤)が潤沢になったからね。ただ、あなたがいうように、お金の点では無理になっちゃうね」
「………」

主治医はこんな話題でもいつもの通りにこやかに語っていたが、キャリアのかなりの部分をHIVや血友病に費やしてきた医師の言葉には重みがあった。

説明がいるかもしれない。血友病の治療費は極めて高額だ。第VIII、IX因子製剤がもともと大変高価なこと、これらの凝固因子は血中の半減期が数時間と非常に短いので、頻回投与を余儀なくされることが、その大きな理由だ。

いくらかかるのか、薬価を使って大ざっぱに計算してみよう。例えば、大人の血友病A患者さんが日赤のクロスエイトM(もちろんバイエルのコージネートやバクスターのリコネイトでもいい。第VIII因子製剤は何を使っても薬価は変わらない)1000単位を週3回自己注射で定期的投与しているとする。薬価サーチによれば、クロスエイトM1000単位の薬価は72,247円(ちなみにペグイントロン100ugは32,447円)。月単位だと72,247円×週3回×4週として、866,964円。この1割は86,696円。住宅ローン程度のカネが毎月くすりにかかることになり、それが一生続く。これはあくまで、止血するためにかかる最低の薬代だ。定期的投与が最低ラインかという議論はあろうが、日々起こりうる程度の出血を止めていくだけでもこれだけかかるわけで、予期せぬ大出血や事故、手術などがあれば、治療費ははね上がる。また、出血による関節障害の整形外科的治療の費用、20代以上の患者さんだと、肝炎その他の感染症の治療費などを加えれば、生活そのものが困難になることは明らかだ。だから、血友病と血液製剤によるHIV感染、人工透析は長期特定疾病、通称「マル長」といって、健康保険の自己負担分の上限が、1病院あたり月1万円と決められている。主治医が言うのは、このマル長が撤廃されるおそれがあるということだ。完全撤廃だと、1割どころか3割負担になるので、正確には制度縮小だ。

免疫寛容療法は、インヒビターといって、製剤に対する抗体ができて、効かなくなった患者さんに行われる。インヒビターにはバイパス製剤という、抗体のできていない別の凝固因子製剤が多く使われるが、これは回りくどいやり方で何とか止血しようという方法なので、インヒビター自体は温存される。また、バイパス製剤は第VIII因子製剤以上に高価だ。免疫寛容療法は抗体のできてしまった方の製剤を大量に投与することで、抗体を無力化させてしまおうという荒業的治療法だ。これには国際的プロトコルがあって、条件に合った患者さんのみが行える。

主治医の言葉が重く響いたのは、実は治療費一部自己負担の別の動きが昨年あって、それを患者会などが首の皮一枚のところで止めさせたときの記憶があったからだ。その時の国と患者との交渉の場に、幸運にも私は同席させてもらっていた。

以下は次回に。

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2005年7月20日 (水)

血液製剤に歴史あり

定量陰性について、たくさんの方からお祝いのコメントをいただき、ほんとにどうもありがとうございました。今後の励みになりました。でも、この病気はそうした結果が実に見えにくいですね。だから、私は測定下限値以下といった言葉は使えますが、陰性とはどうも書きにくいんです。実感が湧かないんですよね...。今日もさっきまでたまらず寝ていて、やっとパソコンに向かえるようになりました。ただ、精神的に楽になったのは確かなようです。これからもよろしくお願いいたします。

さて、昨日火曜日の話。診察で来週か再来週にフィブリノゲンを投与することにした。主治医が在庫を確認してくれた。採血痕に貼ってもらったインジェクション・パッドという丸い絆創膏からは、ゴマ粒程度の血が表面にしみ出ていた。パッドの表面から赤い血が見えることは今までなかったが、この程度なら大丈夫だろうと思っていた。

ところが、診察室を出てから、ふと採血痕を見ると、ゴマ粒程度にしか見えなかった血が、パッド全体を赤く染めていた。やばい、どんどん出血していると思って、とり合えず指で圧迫した。押すと痛むのもいつもと違う。そうこうしているうちに、ペグイントロンの皮下注射に呼ばれたので、どうしましょうかと採血痕を見せた。今日フィブリノゲンを打つかどうかは、主治医も結局私に任せたので、迷ったが、打ってもらうことにした。パッドを張り替えてもらったが、採血痕からは、湧いて出るように出血していた。これではフィブリノゲンなしで止血できない。

フィブリノゲンの用意ができるのを待ちながら、がっくりした。私にも常でない、こうした出血を見ると、精神的にかなり打ちのめされる感じがする。フィブリノゲンの投与は、私の場合、月一回程度が普通だが、その間隔が半分に縮まってしまった。6年前のインターフェロンでも、同じことは経験していたが、これにはどうにも慣れない。そしてフィブリノゲンを投与すれば、午後一番で職場に出るのは不可能になる。これがいちばん時間がかかるのだ。

用意ができたので、ベッドにいくと、仲良くしてもらっている、先輩の血友病患者さんが点滴を終えていた。彼はこのところ体調が悪いようで、入退院を繰り返している。本人いわく肝臓から来てるんだということだった。隣のベッドが空いていたので、寝かせてもらって、フィブリノゲンの点滴をした。先輩患者さんが見ていた。

「昔俺らが使ってたのもこんな瓶やったわ。5、6本つなげてなあ」
「AHF(ミドリ十字のクリオ製剤)ですか?」
「うん、AHF。こんな泡が出て、あれはもうちょっと白く濁っとったんやないかなあ。よう、針が詰まったんや」
「いつごろまで使ってたんですか?」
「二十歳ころまで使ってたで」……
彼はそれからも私のフィブリノゲンの瓶を見ていた。

その日、私が職場に着くと、3時をまわっていた。出血は昨日のうちに止まった。

次回は医療費のことを書こう。いままでBlogに書いてきた中で、たぶんいちばん重い内容になると思う。

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2005年7月19日 (火)

8週目・区切りの日

今日は8回目の投与だ。かなり密度の濃い日で、その中身は今日一日で書けそうにない。そこで、今日から数日にわたってこれを書いていくことにする。まずはよい知らせから。

ウイルス定量検査(オリジナル法)が測定限界値以下となった。5日の投与前に採血した分なので、投与5週でここまでこぎつけたことになる。「早いねー」と主治医も驚いていた。次は定性検査かときくと、「いや、それはここまできたら意味がないのでやりません」とのこと。そのかわり、月1回の定量検査は続けて、数値が上がったりしないかを見ていくという。6年前の投与でも、ここまではこぎつけられた。しかし退院直前でも定性が陰性とならず、結局退院後にウイルス量は増えた。ただ、今回違うのは、投与がフルエントリーでまだ40週も残っていることだ。それを考えると主治医の言うことも間違いではないように思う。

というわけで、私の検査パターンがかなり特殊な部類に入る(定量検査がオリジナル法のみ、定性での検査なし)ので、バンバンさんのところでやっているPEGイントロン+リバビリンのC型肝炎治療比較とは同列の比較はできないにせよ、日本では極めて少ないとされるジェノタイプIa、高ウイルス量(といってもオリジナル法だが)、感染歴20年以上(のはず)、しかも大酒飲みの再燃例で、ここまでいけたという参考にはなるだろう。

ひやひやもののヘモグロビンが12gとやや上昇に転じた。肝機能はGPTとガンマが共に80台だった。

次は何を書くかって? 血が止まんなかったんだよぉーっ。

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2005年7月18日 (月)

諸行無常の響きあり

とうとう梅雨明けだそうで。暑いですな。

昨日は祇園祭が見たいと妻が言い出すので、午前中は割合元気だったから、山鉾巡行を御池新町のあたりまで見に行った。着くとちょうど長刀鉾からお稚児さんが降りてきたところだった。だらだら汗をかきながら、上の娘を肩車して辻回しを見物して、今度は娘が行きたいというので、二条公園に行った。この公園、南隣は二条城、北隣はNHKという素晴らしいロケーションで、春先に改装して大変きれいになった。源頼政が鵺退治で血のついた矢じりを洗ったといういわれのある湧水が園内にあり、そこで子どもが素っ裸になって水遊びをしているという、とんでもないところだ。妻がコンビニで買ってきた昼食を食べると、ずどんときて、後は水遊びをしている妻や娘たちの横で、ベンチに座ってへばっていた。

帰って一家で昼寝をしていると、下の娘が先に起きて、妻が寝るのを邪魔するので、仕方なく起きて相手をしてやった。テレビをしばらく見せてやったが、それにも飽きたようで、テレビばっかり見せるのもいけないからと、近くへ散歩に出かけた。

散歩から帰るとまたへばって、横になっていると妻が起きてきた。哀れんだ妻が晩のおかずにエビチリを作ってくれて、うまかったのはいいが、エビのしっぽで口の中を切った。

今日もおんなじようなことをやっていて、娘と公園に行ってはへばって、帰って昼寝。起きて散歩に出ては横になるという繰り返しだった。夜になって少し復活して、花火なんぞしたが、夏の間中こんななのかしらと思うと情けない。

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2005年7月17日 (日)

アクセス解析

今日(といっても、もう明日になってしまった)は昼寝ができたせいか、晩になってから楽なので、少し書こう。

ココログにも有料プランながらアクセス解析機能がある。Nifty本体の会員料金を払って、さらにBlogに金を払うというのは何となく腑に落ちない気もするが、興味があるので、昨日からやってみることにした。有料なんだから、アドレスなどもわかるようにしてよと思うが、何軒のアクセスがあるか、とりあえずわかるのは楽しい。1日40件程度はアクセスがあるようで、見にきていただいた方には感謝している。

私の本体のサイトを置いているプロバイダが、第3セクターから民間に変わった。こちらも簡単なアクセス解析ができるのが、最近になってわかった(おいおい)ので、見てみることにした。すると、一番アクセス件数が多いのは、遺伝や身体障害者認定の部分だった。疾患の基本的解説も割にアクセスが多い。薬害肝炎関係はむしろ大変アクセスが少ないという結果になった。これは何となくうなずける気がする。というのも、アクセスが多いページの内容は、医療の専門ページならともかく、一般向けに出しているものが非常に少ないからだ。遺伝や障害者認定、血友病の類縁疾患あたりは、これだけ情報が氾濫しているネット上でも、本当に情報が少ない。今でもいわばエアポケットのような領域だ。障害者認定や公費負担の部分は、私以外の方が寄稿してくれたものだが、遺伝のページは私自身が文献を見ながら書いたものだ。遺伝のメカニズムのところは、メンデルの法則をかなり簡単に解説しただけだが、今読んでみても全体的な完成度は割に高い。そろそろ改定は必要だろうが、それなりに好評をいただくので、書いてよかったと思っている。

病気の遺伝については、誰もが興味を持つところだと思うが、ネット上でも解説は案外少ないし、一般向けの書物も少ない。書物だと、私が参照した『ママとパパのための遺伝相談』以外は、『先天異常の医学』か『先天異常を理解する』くらいしかないようだ。前者は私も読んだが大変な良書だし、後者は『ママとパパのための遺伝相談』の監訳者の方の著書で、両方とも広く読んでいただきたいものだが、さほど新しいものではない。優生思想のような危険かつ非科学的な考えに、人間は往々にして陥りやすいので、もう少しこうした領域の一般書は世に出てよいと考えるが、微妙な部分を含んでいるのか、なかなか出てこない。

優生思想といえば、ナチス・ドイツがあまりにも有名だ。ナチスの思想は、人間が陥りやすいところに陥った、非常に正直な思想ではないかと思う。そうでなければ、あれだけの支持を得ることもなかったろうし、ネオナチなども今になって出てくることはあるまい。正しい知識の上に立って、理性的によく考えるというのが必要だと思う。

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2005年7月16日 (土)

地獄の京都

昨日は日中から頭がくらくらするので、夕飯を取ると早々に横になった。少し休んで子どもが寝たらまた起きようかと思っていたら、冷房が効いて気持ちよかったのか、結局そのまま寝て、朝になってしまった。風呂にも入れなかった。

それにしてもクソ暑い。夏の京都は地獄だ。その地獄の日々がまたやってきた。くらくらするのも、半分はこの暑さのせいだ。京都の町家は「うなぎの寝床」といわれて、間口の割りに奥行きが極端に深いが、その理由は、こうすると少なくとも1階は日光が入らないので幾分涼しいからだ。しかし、両隣が隙間なく立て込んだ京都の家は、構造上風が通りやすいわけではなく、どう考えても暑い。好きな季節ではあるが、今年はやり過ごせるか心配だ。

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2005年7月14日 (木)

祇園祭のころ

こちら京都は今、祇園祭だ。帰りの電車に浴衣ギャルが乗り込んでいた。梅雨の最後にも当たるので、山鉾巡行までのどれか一日は、毎年その梅雨一番くらいの大雨が降る。巡行が終わると梅雨明けだ。

月曜日にも少し書いたが、6年前のちょうど今ごろ、私は京都の血友病患者会に出入りしだした。患者会を探していたところ、今の主治医をある方から紹介してもらった。これが患者会、そして主治医との出会いだった。ほどなくして、私は別の病院で最初のインターフェロン投与をした。

それから4年ほどは、患者会を通じての関わりしか主治医とはなかった。この病院にかかるのは、むしろ妻の方が早かった。

上の娘を身ごもったとき、最初にかかった産婦人科から、ある日妻が泣いて帰ってきた。きけば診察のとき、私の病気のことを医者に話したところ、「生まれてすぐ、へその緒から出血するなんて、あるわけがない」と罵倒に近い言葉を浴びせられたらしい。生後すぐのへその緒からの出血は、先天性無フィブリノゲン血症と第XIII因子欠乏症の特徴的症状だ。妻は私から、フィブリノゲンが産婦人科で止血剤として使われたことや、三沢の集団肝炎感染のことを聞いていたので、今は何を止血剤に使っているのか医者にたずねたのが、話の発端だった。何でそんなことをきくのかと逆にきかれて、私の病気の話になったらしい。

それから妻はその産婦人科に行くのをやめた。そして自分ひとりで患者会の集まりに行った。そこで患者さんの親御さんに、今の私の主治医に相談するよう勧められた。主治医は「よろず相談やってますから」と笑って、病院の産婦人科を紹介してくれた。だからこの病院は、上の娘が生まれた病院でもある。

私もこの病院にかかることになろうとは、実は2年ほど前まで全く思っていなかった。それが今では週一回必ず通う病院になっている。

なお、こちらは今日も身体が重いし、小さい子供もいるので、祇園祭の方に出かける予定は今のところ全くない。

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2005年7月13日 (水)

検査の数値のこと

C型肝炎の患者さんのBlogを見て、本当に頭が下がるのは、実に細かく検査の数値を記載していることだ。対して私は、この点実に大雑把、無頓着だ。私の性格によるところが大きいが、もともともっている先天性無フィブリノゲン血症という病気が、こうした細かい検査結果とまったく無縁であることも大きいと思う。

先天性の病気なので、通常の場合、検査数値が極端な異常値を示して、まったく動かないのだ。それがわかっている医師は、初診のときだけフィブリノゲン量やPTやAPTTなど診断に必要な検査をして、それっきりにする。医療費抑制のご時世、無駄な検査はしたくないだろうし、針を刺すことで出血のタネを作ることすらある。むしろ検査より大事なのは、製剤を打って現実の出血が止まったかという事実、実感だ。止血できればそれでOK、あまりないけれども、止血できていなければ製剤を足して様子を見る。実にアバウトだ。血友病と違って自己注射はできないので、体重を基礎とした製剤標準輸注量の計算式などは、患者さんのためにつくられていないし、患者が少なすぎてだいいち標準化自体ができない。手術をするときは、基準値までフィブリノゲン量を上げるための投与量や半減期を調べたりもするが、しょっちゅうするものではないし、以前の手術を参考にする場合もある。生まれてこの方、こんな治療環境にいた人間に、インターフェロンを使うから数値に敏感になれという方が、どだい無理な話だ。それに肝機能の方も、前のインターフェロンのリバウンド以外、あわてるほどの数値は出なかったし、エコーやMRの結果も悪くなかったので、「ま、様子見ですなあ」で終わっていた。なんとものんびりしたものだった。

それがさすがに昨日はあわてた。アンテナリンクに入っているBlogを見て回ったら、自分のヘモグロビン値がかなり低いのに気がついた。肝炎患者さんの影響もあって、ヘモグロビン値が低そうだからと、だいたいの数値を覚えてかえってみたら、いきなりこれだ。改めて調べてみるとレベトールの減量値が10g/dlだから、もうあまり余裕がない。今頃が一番下がる時期にあたっているらしいが、それでも気持ちいいものではない。もうちょっと検査結果に敏感になった方がいいなと反省しているところだ。

しかし、検査数値の読み取り方というのは、非常に難しいと思う。ヘモグロビンのように、桁数も少なく、単位もわかりやすいというのはよいが、素人の手に余るものもある。対数値をとるものは特に厄介だ。藤居さんが対数グラフを貼り付けて(このひと、ほんとに親切だ)、気弱になったgukkyさんを叱咤激励していたが、対数の場合、桁の大きな変化を桁の少ない表記にできる利点はあるけれども、そのため数値が1増えただけで、現実には1000倍増えているといったこともありうる。よくわからない単位や、単位なしの数値には要注意だなあと思う。

ちなみに私の趣味のオーディオでも対数がよく出てくる。音圧(音量)や利得の単位dB(デシベル)だと2倍は6dB、10倍は20dBだ。わからないうちはほんとに混乱する。周波数特性も対数グラフにしないとオクターヴの関係がめちゃくちゃになる。

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2005年7月12日 (火)

7週目

こうしんどいと、Blogの更新もなかなかできない。毎日書くということは難しいもんだ。更新のない日はしんどかったのね、と思ってください。かっちり書かないと気がすまないタチなので、今の状態だと毎日の更新は身体がついてこない。6年前に入院で投与した時は、思えば楽だった。毎日好きなように書いていた。

今日は帰宅してからこまめに横になって持たせている、ということで7回目の投与だ。

病院の受付から、カルテが来るのが30分ほど遅れたそうで、ほぼ正確に30分ほど採血も遅れた。白血球はほぼ下げ止まり。あとは微減。ヘモグロビンは11gくらい。血小板は減ってはいるが基準値の範囲内だ。肝機能も前回に引き続き上がっている。GPT86という数値は久しぶりに見た。「インターフェロンが戦ってる証拠だといいんだけどね」と主治医。わくわくのウイルス定量は1週間では検査結果が出ないそうで、今回はおあずけ。

注射も待たされた。見ると主治医の掲示板に「診察が混んでいるのでご了承ください」という旨の張り紙がしてある。この病院であんな張り紙を見るのは、2年ほど前のGW明け以来だ。このBlogで病院を褒めたから人がきた?なんて、まさかね。個人的にはこの病院は混んでほしくないのだが...。来週火曜日は連休明けで外来患者さんが多そうなので、診察のとき、主治医がカレンダーを見て、げんなりしていた。

会ったことのある人がいるなあと思って見ていると、なんと薬害肝炎訴訟の原告さんだった。ここで診てもらっているのかと思ったら、初診とのことだった。

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2005年7月11日 (月)

書こうと思ったが

土日は用事があって出かけたが、それ以外はだいたい横になっていた。
勤めがないと、緊張感が途切れるのか、がっくりくるようだ。
土曜日は午前に幼稚園の音楽会、日曜日は午後に入れてもらっている血友病の患者会があった。
6年前の今ごろに患者会へ初めて出入りするようになり、その直後に最初のインターフェロン投与をした。今日はそのことでも書こうと思ったが、下の娘の相手で疲れて書く気が失せた。また次の機会にしよう。

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2005年7月 8日 (金)

山越した?

昨日寝てから、ひとしきりあった。
夜中に目が覚めて、それから眠れなくなった。
ただ、眠れないのではなく、小便が頻繁に出て、身体のそこここがかゆい。それで眠れない。結局寝つけたのは4時をまわっていたと思う。
それでも、前日よく寝たのと、眠れなくとも目をつぶって横になっていたのがよかったのか、今日はましになった。夕方ずどーんとくるのが、今日は「ずと」くらいで収まっている。

日曜日にある行事の仕事を少しかたずけて、それから寝ようと思っている。

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2005年7月 7日 (木)

きつい...

昨日も今日も体がきつい。
昨日は帰宅後着替えると、ずどーんと体が重たくなり、立っていられなくなった。
2階の階段の降り口でうずくまると、上の娘が「おとーしゃん、立ちなさい」。下に行って、たまらず居間で横になると、タオルをかけてくれたのはよいが、今度はそこを飛び越えて遊びだした。どんどんとジャンプするので、足音が頭に響く。しまいにはかけたタオルをまた取って、下の娘と走り出す始末。ガキは無情だ。
夕飯が済むと、こんなふうにずどーんとくることはよくあるが、今回は早い。しかも、じわじわと来るのではなく、垂直落下のように突然来るので始末が悪い。やっと夕飯を済まし、レベトールを飲んで、シャワーを浴びて、よろよろと早々に寝た。

今日は12時間近く寝たはずだが、なかなか起きられなかった。勤務中は何とかいけているが、昼食のときなど、気が抜けるとだめのようだ。

と、ここまで職場で書いて、家に帰って夕飯を食べるともうだめだ。ぐらぐらしてきた。もう寝る。

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2005年7月 5日 (火)

投与6回目

病院に行くと採血。今日は採血量が多い。ウイルス定量など検査項目が多いのだろう。そろそろ両ひじの静脈に針痕が目立つようになってきた。同じところに針を刺すと痛いので、いままで刺しておらず、しかも太そうな静脈から採血してもらった。いつもの通り、院の喫茶店でコーヒーを飲み、降りてくると診察。ヘモグロビン、白血球、好中球、血小板の落ち具合が落ち着いてきた。回復はしていないが、あまり落ちなくなってきた。「最初のひと月はがくんと落ちるんだよ。教科書通りです」とのこと。肝機能は先週と同じく上昇傾向。GOT47、GPT77、ガンマ-GPT70。次週も一応肝機能を測ることになった。止血状況確認。1ヶ月に一度程度フィブリノゲンを打つことにする。「インターフェロンの注射の時に、できるだけ浅く打ってくれってお願いしてね、こうやってつまんでね。うちのスタッフもわかってる人間ばっかりじゃないから...」前々回の注射でできた内出血の青あざが今も薄く残っている。
うつ状態が出てないかどうか、副作用はどうかなどきかれる。うつとは思わないこと、火曜日が一番ましだが、寝つきが悪く、その後はどよーんとした疲れが続くことを告げる。「不眠が出ますか...」と主治医。もちろん、それへのくすりを出すほどではないのだが。

火曜日がましなのは、午前中、職場が休みになるのも大きいと思う。この電車に乗らないと遅刻する、というのがないので、朝が少しゆっくりだ。今日の朝食は妻手製の焼き立てパンだった。前夜に生地を仕込んでおいたら、朝パンが焼けるくらいの余裕がある。インターフェロンのために通院するようになって、火曜日の午前は何とはなしの解放感すら感じている。

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2005年7月 4日 (月)

お隣の県で

少し元気なので、今日もまた赤十字ネタだ。しっかし、よく続くもんだ。
藤居さんもすでに取り上げておられるが、私が住む京都の隣、先日2日報道された、赤十字滋賀県血液センターの例の事件だ。
とりあえずくだんの課長さんの行動がいいか悪いかは別として、いかに内部の人間がやったこととしても、日赤はB型肝炎ウイルスの感染者が6回も献血できてしまうところなのだろうか。やった課長さんも課長さんだが、それがやれてしまう日赤の方が、私にはもっと脅威に感じる。
私は肝炎より先に先天性の血液疾患の持ち主でもあるし、献血は残念ながらできないから、よくわからないのだが、献血のたびごとにHBcやHBsの抗体検査は普通されるはずだ。いくら偽名を使っても、この人は2000年にワクチンを打ってHBs抗体を作った上で献血しているわけだから、献血血液には抗体反応が出るのではないか。B型肝炎のことは私はあまりよくわからないが、抗体産出直後はもちろんのこと、4年やそこらで抗体反応が消えることはないだろう。とすれば、検査結果の改ざんが行われたことになる。もしそうなら、本人が偽名を使ったことよりも、そちらの方が問題だ。内部でこのように検査結果が簡単に改ざんできる環境にあるなら、日赤の献血時検査の信頼性がガタ落ちになってしまう。もし、結果を改ざんしないまま出荷したのなら、日赤の出荷前チェックはザルだということだ。
「上司なので言えなかった」と看護師が言ったそうだが、この伝なら、「せっかくの政府高官の献血血液なので言えなかった」なんてことが起こってもおかしくない。情実入試、裏口入学ではないが、これでは情実献血、裏口献血だ。逆に「あいつは気に入らないので、HIV陽性にしてやった」なんてことも起こりうる。こうなったらもうめちゃくちゃだ。

ところで、CMで「年金払え!」と国民を恫喝していた江角マキコが年金を払っていなかったという事件が以前あったが、献血キャンペーンに出ている氷川きよし(以前は高見盛だった)には、輸血歴はないのだろうか。いや、上の娘がファンなんで心配で...。

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2005年7月 3日 (日)

寝た...。

今日一日をひと言で言うと、こうなる。雨に降りこめられて、一日外へ出ず、昼間はひたすら寝ていた。

朝、娘に『仮面ライダー響鬼』と『ふたりはプリキュア』を観せるために起きて、パンを食わせ、自分も食べたが、眠くてフラフラで、妻がのそのそ起きてきたのを幸い、入れ替わりで布団にバタングー。昼の1時過ぎに起きたが、下の娘が寝るとむずかったので、今度は一家でバタングー。よく寝る一家だ。下の娘に起こされたのが夕方の5時前。それでもまだ眠たい。冷房なしで窓を閉めていても涼しいので、よく眠れるんだわ、これが。

今、夜の10時半。妻が下の娘を寝室で寝かしているが、ウキャーと元気な声が聞こえる。上の娘は横でテディベアで遊んでいる。おめーら元気だな。

空腹感はあるのだが、量は食べられない。すぐに空腹感が来るが、だからといって間食はあまりしたくない。結局空腹を抱える時間が多くなって、痩せていく。風呂上がりにパンツ一丁でうろうろしていたら、妻が「細くなったねえ」と腹をつまんだ。寝ていたせいで、今日は昼飯を抜いてしまったので、なおさらだ。

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2005年7月 2日 (土)

心地よい日

雨が降って気温が下がり、今日は本当に過ごしやすかった。天候も相まってか、本当によく眠れた。しかし、眠れる日と眠れない日がこうもはっきり別れては、ちとやりにくい。そして、日中の疲れた感じはどちらも変わらなかったりする。

日中は雨の晴れ間もあったので、家族揃ってデパートに買い物に出かけたりした。しかし、うちの娘はよく食うなあ。デパートのカフェで遅い昼食をとったが、食の細くなった私を尻目に、メロンパンとナンをぺろりと平らげたのにはまいった。

うちの実家のある地域は豪雨でも大丈夫だったそうで、田んぼも畑も雨が降って調子がいいと老母が言っていた。去年の豪雨も地震の時も実家自体は大した被害は受けなかったから、うちは運がいいといえるのかもしれない。私も先天性の病気を持っていたり、そのために肝炎になったり、いろいろあるが、それでもこうした病気の患者にしては、どちらかというとかなり元気な方だし、インターフェロンの副作用もないわけではないが、今のところ大変軽い方だ。母親はよく「おまえは運がいい方だ」と何かにつけて言っていたが、さもありなんという気がする。うちの運の強さを多少引いているのかもしれない。でも、籤や博打はむちゃくちゃ弱いなあ。これでそっちの方が強かったら、もう少し楽に世の中渡っていけそうなんだが...。

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