« 2005年8月 | トップページ | 2005年10月 »

2005年9月30日 (金)

このところのまとめ

ゴンザレスさんの投稿もあったしコメント待ちで、しかも眠いのもあって2日ほど休ませてもらった。まだ眠い日が続いている。今回の投稿への答えは私には荷が重く、皆さんのコメントは実にありがたかった。ご自分のBlogへの書き込みで、大量のアクセスを導いてくれたgukkyさん、コメントいただいたmomoさん、わくちゃんさん、furiyadoさん、じんさん、本当に感謝いたします。ROMのみの方もそれぞれ考えるところがあったと思う。

私もfuriyadoさんと同じで、インターフェロン投与中は、ウイルスは減りはすれど増えないと思っていたので、どう答えていいかわからなかった。投与前よりウイルスが増えたようで、素人考えだが、これは珍しいケースではないかと思う。じんさんの掲示板によれば、ゴンザレスさんの主治医は血友病には詳しいとのことだったので、そちらの方は心配ない。一方、インターフェロンはもうすでに投与18週を過ぎているから、このまま24週でやめてしまうのも、ちともったいない。やはりあとは主治医の先生との相談で、肝臓専門の医師に診ていただくのもひとつの選択肢だと思う。その病院のやり方によるが、奈良医大のように血友病は小児科で診つつ、肝炎の治療は消化器内科に任せている例もある。まずは主治医とよく相談していただきたい。血友病に詳しい医師は、肝臓病に詳しい医師よりはるかに少ないので大変貴重な方だ。今まで良好だったはずの医師との関係が変にこじれてしまうのは、それこそもったいない。また、肝臓専門の医師に診ていただくとしても、肝炎の治療をしている最中なので、紹介状や今までの検査結果などを現在の主治医に頼んで、それを持っていかないと、これまでの事情が不明で、肝臓専門医も何を診ていいかわからない事態になる。

ゴンザレスさんの状態は他人事ではない。私の場合、ウイルス量こそ大変順調に減ったが、書いているとおり肝機能が高くなったままで、これで24週に突入したりするとちょっと考えなければならないことになる。くすりの多少の減量くらいならまだよいが、中断となると、たぶんウイルス量は投与前に戻るので元の木阿弥だ。いらいらはなくなったものの、疎外感を覚えたり、気を張って集中したと思ったら何もする気にならなかったりするときがあり、精神にきているのかなという気もする。私自身も、まずは24週の折り返しまで、せめて無事でこぎつけられることを願うばかりだ。

| | コメント (2) | トラックバック (1)

2005年9月27日 (火)

18週目

今日はペグイントロンの投与。血中の値は血小板が多少下がったが、前回とほぼ変わらず。肝機能の数値はあまり動きがなく、高い。

フィブリノゲン2g投与。レベトールも28日分出る。フルコースだったが、こういうときに限って病院が混んで、出勤できたのが午後2時過ぎ。職場に連絡しそびれたので、上司に叱られた。

ところで前回の記事のゴンザレスさんという方のコメントが気になる。ウイルス量V字悪化というのは、どうなのだろう。読んだ方のコメントをいただきたい。

今日は取りあえずこの辺で。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2005年9月26日 (月)

スタスタチンチン

昨日もよく眠れたが、本日もまた眠い。

以前にもこの件は少し書いたが、このところ毎日「インターフェロン スタチン」とか「C型肝炎 スタチン」で検索してこのBlogにやって来るひとがいる。ある新聞記事がきっかけのようだ。無責任な内容で、研究班はかえって迷惑しているのではないかと思う。読者の過度の期待をいさめる記述が記事にあるべきだった。既存薬だからといって今すぐこの用途に使える代物ではなく、その点は私のような素人でもわかるくらいだからだ。C型肝炎の患者さんやその家族など関係者には、情報の過食症みたいな方も存在する。そうした方が今回の記事のようなジャンクな情報ばかりを鵜呑みにしていると、大損するおそれもある。

スタチン類は高脂血症治療薬として使われている。もし高脂血症でない患者さんに投与した場合、コレステロール値などにおかしな影響が絶対出るはずで、まずこの点が問題だ。ここをクリアしないと話にならない。インターフェロンとの併用という点でも問題で、仮にペグイントロンと併用するとすれば、少なくとも48週間以上は、せめてリバビリン並の安全性で使えないといけない。抗ウイルス作用があっても、ウイルスと一緒に患者も死んではどうにもならない。

もうひとつは肝障害の危険性だ。スタチン類ってどんなくすりかと思って、売れ筋とされる「リピトール」(レベトールではない。アトルバスタチンが有効成分)の添付文書を探してみた。と、添付文書にはいきなり「禁忌」とあって、

肝代謝機能が低下していると考えられる以下のような患者
急性肝炎、慢性肝炎の急性憎悪、肝硬変、肝がん、黄疸

とある。慢性肝炎の患者に使えないわけではなさそうだが、使えると断言できるような記述では絶対ない。どの程度の慢性肝炎なら使えるのかが明らかでないと、本当に使えるかはわからない。医療現場でこのくすりを使うとき、肝機能の数値などがどの程度なら実際に使っているのか、調べてみないとその点もわからない。とにかく新聞に出ていたから使わせろと、素人考えで医者に変な横車など押してはいけないのだ。

肝障害の危険性については、実はリバビリンにもある。レベトールの添付文書によれば、重篤な肝機能障害患者や自己免疫性肝炎の患者には禁忌とされている。また、「効能・効果に関連する使用上の注意」にはこうある。

*本剤は,インターフェロンアルファ-2b(遺伝子組換え)又はペグインターフェロンアルファ-2b(遺伝子組換え)と併用すること(【臨床成績】の項参照)。C型慢性肝炎に対する本剤の単独療法は無効である。
C型慢性肝炎に対する併用にあたっては,HCV RNAが陽性であること,自己免疫性肝炎,アルコール性肝炎等その他の慢性肝疾患でないこと,肝硬変を伴う慢性肝炎でないこと及び肝不全を伴わないことを確認する。なお,血中HCV RNA量が高値のC型慢性肝炎に本剤を用いる場合,血中HCV RNA量がRT-PCR法で105IU/mL以上又はb-DNA法で1Meq./mL以上であることを確認すること。
また,組織像又は肝予備能,血小板数等により慢性肝炎であることを確認すること。

つまり、単独では使うな、高ウイルス量あるいは再燃のC型慢性肝炎以外の肝疾患には絶対使うな、ということだ。非常にピンポイントの用途、危険性の比較的少ない用途のみを狙ったくすりだとわかる。患者数が多いから、こんなマニアックなくすりでも結構な量がはけるのだ。副作用の欄にも「重篤な肝障害」という項目がある。ペグ+リバ併用療法の患者向け資料は当然読んだが、レベトールの添付文書をまともに読んだのは、実は今回が初めてだった。これを読んで、先週の診察時、肝機能の数値が下がらない私に対し、主治医がレベトールの副作用を疑ったのが、本当の意味で合点が行った。肝炎の治療薬でかえって肝障害を起こすおそれがあるとは、アンビバレントな話だ。

次世代のC型肝炎治療薬はプロテアーゼ阻害剤やポリメラーゼ阻害剤だそうだ。日本たばこ産業(JT)などが開発している。これはHIV感染症の治療薬と同類だ。この名前をきいて、HIV感染症の患者さんには誠に申し訳ないのだが、私ははっきりいって引いてしまった。HIV感染症は極度に治りにくいウイルス性疾患だ。そこまでC型肝炎を治すのは難しかったのかと。難治性のウイルス疾患と戦うには、やはりこうしたくすりを使わざるを得ないのだろうか。

| | コメント (7) | トラックバック (0)

2005年9月25日 (日)

ほんとにお休み

どうも眠い。今日は9時くらいまで起きられず、午後からも昼寝をしていた。今日は何となく記事を書く気にもなれない。

午前は近くの小学校で地域の音楽鑑賞会があったので、家族揃って行った。市立芸大の学生オーケストラが、小学校の音楽サークルと共演したりして、みな楽しんでいた。下の娘がおりこうに聴いていたのは驚いた。演奏が終わると拍手までしていた。

10月の予定を見ると、町内の運動会やら、シンポやら、患者会やらで日曜日の行事がめじろ押しだ。うはー、休んでるヒマないぞこれは。

京都は急に冷え込んで、完全に秋になった。体調には気をつけよう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年9月24日 (土)

副作用と対症薬

昨日、寝ようと床に入ると突然肝臓のあたりが苦しくなった。妻が心配して手を当ててくれたが、手で押し付けられるような感じがしてかえって具合が悪い。肝臓を下にして、少ししのいでいると楽になったものの、嫌な体験をした。胃が悪かったのかもしれない。

インターフェロン療法の副作用の症状は山ほどあるが、その症状をうったえてくすりが出るのは少数だ。よく出る副作用だと、発熱、頭痛、かゆみ、不眠などにはそれぞれ解熱剤、鎮痛剤、かゆみ止め、睡眠導入剤などが出る場合もあるが、身体のだるさや重さ、いらいら、食欲不振、貧血や血小板低下などには、くすりは出ない。耐えるより仕方がない。ひどいときや基準値を下回ったときは、インターフェロンやリバビリンの量を減らしたり、もっとひどければ治療そのものが中断される。妊婦さんなどは少し貧血の気があると、すぐ鉄剤が出たりするが、そのようなことはない。肝機能の数値上昇も、効いてる証拠とされて低下を待つだけ。もちろん強ミノなんかで下げない。インターフェロンをやめれば元に戻って、後に引かないからか、治療スタンスも「我慢する」が基本のようだ。軽いうつが出たときもくすりが出る場合があるようだが、ひどければインターフェロンそのものが中断される。

私の場合、先天性無フィブリノゲン血症の影響で、顕著な出血傾向という特有の副作用がある。これをほおっておくと、注射針を刺す場所がなくなってくるので、さすがにフィブリノゲンを投与している。これも2週間に1回、それを1年間近くにわたって打ち続けるのは私にも前代未聞のことで、気持ちのいいものではない。あとは副作用に対してのくすりは基本的に使っていない。かゆみどめに売薬(ムヒアルファEX)を使うときもあるが、虫刺されがひどくて使っているといった方がいい。二の腕辺りのかゆみにはあまり効いてくれないようだ。二の腕の皮下注射をするところは、皮膚の感じが変わって、かさついて分厚くなっている。

くすりを出すか出さないかは、医師にもよるだろう。くすりが出るような副作用が不眠くらいなことと、副作用のためにくすりの数が増えるのが嫌いなこともあって、診察の時に私が強くうったえないせいか、主治医もくすりのくの字も出さない。どんな副作用が出ているか、もちろん報告はしているが、「きついねえ」で終わってしまう。主治医もインターフェロンの副作用には不満がある様子で、よく文句を言う。それで癒されているのかもしれない。患者と医師のまどろっこしい関係ではある。

現在私を襲っている脱毛、これは目立つ副作用だ。髪は身体の中でも文化的要素の強い個所でもあるので、顔の肌荒れなどとならんで、ちょっと違う受け止め方をされる。この対処もカツラを付けるくらいしか方法がない。こうしたところへの配慮もあってこそ、本来の治療だと思うのだが、身体がつらいわけではないので、医師はそんな考えはとらないようだ。もちろんカツラに保険はききません。

ただ、脱毛は気になって、鏡を見る回数も増えたけれども、髪を流す方向を変えてみたり、顔の角度を変えて眺めてみたり、髪が薄くなって変身(?)した自分をどこか楽しんでいる感じが今のところある。抜けた髪を見るのは気持ちいいものではないが、身体は苦しくないし、治療をやめれば元に戻るとたかをくくって開き直っている感じだ。これは男性だからこその反応だろう。妻も出産直後に全身の毛が薄くなった記憶が新しいせいか、私の髪が薄くなったことはあまり気にしていないという。毛が抜けるのは一山越したせいで、悪いことではないそうだ。「戻るんでしょ」ってなもんだ。それよりも、暗い表情をしていたり、目の感じが違ったりする方がよほど気になるらしい。

さて、脱毛にくすりを出すとなれば、脱毛防止剤とか毛生え薬になるだろうが、「インターフェロンの脱毛にも効く毛生え薬!!」とか出たら、こりゃ売れまっせ。恐ろしく強力で、そこいらのハゲなぞ余裕で治してしまうのではなかろうか。とかいって別なところがパイパンになる副作用があったりして。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年9月23日 (金)

17週目・副作用の変容

この水、木と眠くて記事も書けなかった。職場が多少忙しくなった影響か。今日も昼間の3時くらいまで横になっていた。まずは火曜日の報告。

血中検査多少下がるも影響なし。肝機能数値下がらず。GOT110、GPT182、γ-GTP170。3週間この程度の値が続いていることになる。主治医も「レベトールの副作用を疑った方がいいのかな」という。その場で調べてみると、なるほど副作用に「肝機能の上昇」があった。しかし、他の検査にひどい値が出ているわけではなく、ウイルス定量でもはっきり効き目が現れているので、治療はそのまま続行となった。「きついくすりを二つも使ってるんだから、副作用もきついよ」と主治医。彼によれば、実は治験でもかなりの脱落者が出たらしい。「いけいけどんどんで」患者さんに負担をかけた医療機関(実名も聞きましたが、ここでは名前を伏せときます)があったそうで、「もうこんなきついくすり嫌だ」と音を上げたのだという。

投与が1/3終わって、副作用にはっきりとした変化が現れた。身体の重さ、だるさが2週間前くらいから少なくなり、いらいら感も格段に減った。それにつれて出てきたのが脱毛だ。特に最近の加速度的な抜け方は恐ろしいほどだ。8月27日の記事「眠気が尾を引く」で脱毛を話題にしたときは、まだかわいい方だったのだ。洗髪で抜け、タオルやブラシは毛だらけになり、朝、髪をなで付けても手に付いてくる。風呂場の排水口はすぐ髪でいっぱいになり、水はけが悪くなる。地肌ももちろんよく見えてきた。土曜日、職場のB型肝炎でのインターフェロン経験者から、「かなり抜けましたね。○○(職場の若ハゲの同僚)みたい」とまで言われた。主治医も診察室に入った瞬間に一目でわかったという。変わらないのは不眠。私の場合、恐ろしく眠れる日と不眠の日がはっきり分かれるので、睡眠の偏在といった方がいいかもしれない。

ところで混合診療についてだが、政府の見解が昨年に出ていた。厚生労働省からはこれ以降の報道発表はないので、まずはこれに沿った検討が行われているはずだ。とすると、もう来年には導入されることになる。とりあえず特殊が一般化されないことを願うだけだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年9月20日 (火)

既得権者のわたし・追記

今日は火曜日で、本来は通院の報告をする日だが、このBlogでちょっと変わったことがあったので、とりあえず書いておく。

今日のアクセス数がえらく上がったので、不思議に思ったら、前回までの記事が、とある社会学系のBlogで紹介されていた。あんな記事がなんでまた、と思ってそこを覗くと、自由診療制の医院のリンクがあったからのようだ(笑)。ただ、自由診療制を標榜してはいるものの、ああいうのが自由診療制かというと、それは違うと思う。診察した上で、他の病院や専門医を紹介するのは、近くの町医者でも普通にやっている。あの医院は説明によると、結局診察しないで、相談を聞いたり文献を調べたりだけで他院を紹介しているようだ。これは医療行為か。つまり自由「診療」制というかどうか。心理クリニックなどと同じ相談行為で、診療行為、医療行為ではないはずだ。美容整形も病気を治療しているのではないから、あれも自由診療制ではない。

将来の実現可能性からいえば、自由診療制より混合診療制だ。すでに政府の諮問会議で検討が為され、日本医師会が強硬に反対している。これは国民皆保険制度という日本の医療の根幹を揺るがす問題なので、反対するのもあたりまえだ。導入するには、かなりの議論が必要だと思う。下手をすると例えではなく死者が累々と出る。この問題が、今どんなふうになっているか調べてみたいが、こちらは自分の病気のことだけで、さすがに精いっぱいだ。どなたか調べていただきたいと思うのだが。

私の記事を読んで、既得権者の断末魔の悲鳴と思ったひともいるかもしれない。しかし、市場原理を導入すれば医療はよくなる、といった単純なものでは決してないことはわかっていただきたい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年9月19日 (月)

既得権者のわたし・続々

小泉政権の基本的考え方は、市場主義、「小さい政府」だ。政府の介入をなくして市場化し、新規参入の壁をなくし、自由競争にゆだねる。介入も保護も育成もしないから「小さい政府」で、「小さくて小回りの利くよい政府」ではない。また、「小さい」といっても、少子化や人口減少社会とは関係がない(少子高齢化が進むヨーロッパ諸国で、どんな政策が採られているか、調べてみてください)。公務員の削減ともあまり関係がない。現業の公務員は民営化で減るだろうが、市場を公正に保つため、公正取引委員会などを大幅に強化していかねばならないからだ。さもないと市場そのものがブラックマーケット化するおそれがある。経済犯罪が多発したり、貧富の差の拡大によって治安が悪化する場合があるので、警察も強化する必要がある。警察機能の一部を民営化する手もあるが、その民営化された集団を、日本では「ヤクザ」と呼ぶことがある。内田氏がいうところの、弱者面して社会的リソースのぶんどりあいするのに飽きた人々が選択したのがこれ、ということだ。市場の見えざる手がリソースの分配をすべてしてくれるので、楽だと思ったのかもしれない。

具体的な施策でいうと、医療においては、病院の株式会社制度の導入や公立病院の民営化、自由診療制の導入などになる。国民皆保険制度などとは基本的に正反対の制度を是とするので、今までの国が行ってきた社会保障や福祉制度が廃止縮小されることもありうる。これに反対しているのが日本医師会や族議員といわれる人たち、労働組合などで、彼らは抵抗勢力とか守旧派、既得権者と呼ばれ、攻撃の対象になっている。ただ、抵抗勢力が反対しているから、患者(利用者)側にもよくないかといえば、それは全く別で、問題をよく吟味した方がいい。

小泉政権の考え方を推し進めると、例えば私のような希少難病患者に対する医療は完全に消滅するか極度に高額になる。フィブリノゲン製剤もたぶんなくなる。僻地医療や公費負担制度なども消滅する。その理由はただひとつ、需要が少ないからだ。新規参入により多様な医療が安く提供される可能性もあるが、マイクロソフトのように寡占化した医療機関が、安くても劣悪な医療しか提供しなくなるおそれもある。セレブは別の高額な医療機関で、優雅に治療というわけだ。また、これはあくまで極端な例としておくが、売血が復活したり、臓器市場ができる可能性もある。

実は血液製剤、それも凝固因子製剤は、市場化やグローバリゼーションですでに大変な事態となったことがあるし、今もやはり大変な状態になっている。それについてはまた改めて書こう。

私と私の親は30年間、払わなくてもいい医療費を払ってきたと前回書いた。そのことについて、読者の方々はどうお考えだろうか。

「お気の毒かもしれないが、それはあなたが間抜けだということだ。30年間払えてきたということだから、もしかして公費による医療費全額負担制度なんかいらないんじゃないか?」

「今からでも30年間分、取り返すことはできないものだろうか。好きでこんな病気を持って生まれてきたわけじゃないし、国は医療費を負担すべきだ」

前者の考えなら小泉派、後者なら反小泉派だ。後者を取って、今回の選挙で自民党に投票したひとは、残念ながらいちばん苦労するだろう。

さて、こうしたことを考えた政治家は、小泉首相だけなのだろうか。そんなことはない。新自由主義の代表的政治家は今だにレーガン、サッチャー、中曽根だ。そして小泉首相の出身派閥の森派(旧福田〜安部〜三塚派)は財政均衡、小さい政府、自己責任、自己選択の政治を志向している。彼が首相になって、国家財政の赤字は増えたといわれるが、それを除けば彼の政治姿勢は出身派閥に忠実であることがわかる。これと対極的な姿勢を取る派閥が、ちょっと乱暴になるが、例えば旧橋本派(平成研究会)だ。小泉首相の場合、他の派閥が弱体化し(あるいは追い落とされ)た結果、出身派閥の考えが先鋭化しただけともいえるのではなかろうか。これを改革というべきかどうかは、各自で考えてみていただきたい。

ところで、自由診療を標榜する医療機関はすでにある。ここだ。

http://www.terra.or.jp/index.htm

その中身は、うーむ、まずご覧になってみればわかります。

(追記9/22)

小泉首相が増やした財政赤字については、小飼弾氏のブログの記事
http://blog.livedoor.jp/dankogai/archives/50097944.html
http://blog.livedoor.jp/dankogai/archives/50099480.html
などを読むとよいだろう。この点だけは少なくとも小泉は田中角栄と一緒だというのは、なるほどと思った。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年9月17日 (土)

既得権者のわたし・続

内田氏が「勝者の非情・弱者の瀰漫」でいう「弱者」には、造反議員や野党議員、そしてそれに連なる人々という意味もある。しかし、特に後段に出てくる「大都市圏の「弱者」たち」と書くとき、その「弱者」には、前回の記事でwatanabekepapaさんからコメントいただいたとおり、障害者や難病患者ももちろん含まれるが、これはもっと広い概念を取っているというのが私の解釈だ。それは補助や支援が必要か、あるいは本人が欲している者という意味だ。そして、補助や支援のなかには社会保障全般のほかに、減税や各種補助金なども含まれる。その対象者は具体的にいうと、小規模事業主や現業従事者、サラリーマン、主婦、パートタイマー、失業者、フリーターやニートなどなど、「(都市の)大衆」という言葉とほぼ等価だ。そして彼らも既得権者かその予備軍で、彼ら相互に不公平感もある。大ざっぱにいうなら「弱者=既得権者」で、ここで造反議員や野党議員たちと大衆が二重写しとなり、さらにそれらが「負け組」だということだ。大衆たちが同類をボロ負け組に叩き落とそうとする。この姿は、やはりいしいひさいち描くところの地底人と最底人が「おまーおまー」とナンセンスな戦いを繰り広げるのと全く変わらない。その結果、勝ち組はボロ勝ちするのだ。

C型肝炎の治療費を一銭も病院に払っていないと、前回の記事で私は書いた。一方で、お仲間リンクには、インターフェロン投与の医療費を今日はいくら払ったと、几帳面に書いておられる方がいる。金額はもちろん高額だ。これを見たとき、私は現在の身の上をどことなく後ろめたく思ったし、私の治療費無料の事実をこのBlogに書くことが怖かった。同時に、私が適用を受けているのが感謝すべき制度、今後も変わらず存続させないと困る制度であることも再確認した。そして、C型肝炎患者さんたちがどんなにか苦労して医療費を捻出していることも容易に想像できた。だからこそ治療費無料の事実を書くことが怖かったのだろう。というのも、私が「先天性血液凝固因子障害等治療研究事業」(マル血)の適用を受けはじめたのは、30歳過ぎてのことで、それまでは「小児慢性特定疾患治療研究事業」(小慢)その他の医療費の公費負担制度を一切受けず、医療保険の自己負担分を一般患者と同様にすべて払ってきたからだ。小慢の事業ができたのが昭和49(1974)年。血友病等血液疾患は制度発足時から、適用疾患の指定を受けてきた。小慢はそれ以前にあった同様の事業を統合し、一本化した制度なので、血友病等血液疾患の公費負担制度は、昭和45年頃にはすでにあったと思われる。昭和45年というと私が5歳の時だ。私と私の親は、払わなくてもよい医療費を30年近く払い続けてきたのだ。インターネットでマル血の制度を偶然探し当て、その存在を知ったとき、私は呆然とするほかなかったことをおぼえている。

こうしたことが起こった原因は、まず希少難病についての情報の絶対的な欠如だ。今までこんな患者を診たこともない人間が、医療費の特例制度を教えてあげることなどできようはずもない。そして、大学病院の会計担当者すら、私が受給者証を持たないことを、何ら不審に思わなかった。私と同じ患者さんで、やはりこの制度を後年まで知らなかった方がいて、インターフェロンの費用を借金して払っていた。もうひとつは、私の親がこうした公費負担制度を忌避したふしがあることだ。母に、こんないい制度を見つけたと私がいうと、医者代がただになってよかったと単純に喜んでいた。しかし、これは昔からあったんだよ、なにか聞いた覚えはないかと私が訊くと、何か言われた気もするが、特別扱いされるみたいで嫌な気がしたのでほっといたような、とも言う。ここでいう「特別扱い」とはいい意味ではない。私の実家は農村部で、母は村社会から排除されることを恐れたのだ。

こんな体験があるから、私は今の制度のありがたみがよくわかるし、何とかして維持させることを望んでいる。そして、血友病と類縁疾患の患者に対する制度が特例のように据え置かれている一方で、厚生年金や共済年金の加入者の医療費の自己負担分がどんどん上がり、高額医療費制度が縮小になりつつある事実も、私も加入者ゆえに知っている。国は何かにつけて「今後も持続可能な制度」というが、その内実は恩恵の縮小・無効化だ。血友病や類縁疾患の患者だけが甘い汁を吸うのではなく、本来ならすべてが据え置かれるか、より受益者に恩恵ある方向になるべきなのだ。そしてこれは根拠のあることではないが、その方法はたぶんあって、国は何かを隠しているという不満が私にはある。

これに類する不満や怒りは私だけではなく、たぶん誰もが持っている。それは本来時の政権に向けられるべきものだが、選挙のつど何らかの懐柔策がとられてきた。しかし今回の総選挙では、現政権に向けられるべき怒りや不満のエネルギーが、突拍子のない方法によって流れが変えられ、あろうことか対立候補者に浴びせかけられたのだ。内田氏のいう「先手」とはまさにこのことだ。

次回、もういちど続けます。

| | コメント (1) | トラックバック (2)

2005年9月16日 (金)

既得権者のわたし

昨日は娘が二人とも熱を出した。夜、上の娘がたびたびむずかるので、横にいた。こんなことは久しぶりで、いつもの娘は二人とも非常に丈夫だ。ことに驚くべきは下ので、2歳になる今まで病気らしい病気を全くしていない。昨日も熱があるのに機嫌よく遊び、むずかる姉の横でふてぶてしく寝ていた。子どもの時に病院のことを「別荘」と呼び、治療費その他で金がかかるので「金喰い虫」と母から呼ばれたような私としては、授かった子がこれほど健康とは、信じがたいほどありがたいことだ。

今日は東京に日帰り出張だった。金曜日のせいか、帰りは新幹線が恐ろしいほど混んでいた。6時過ぎですでにその日の下りの普通車がすべて満席だった。仕方がないので自由席を待つ列に、ビジネススーツの男たちに混じって並び、1台やり過ごして、次のでやっと座れた。こんなときの東京駅の切符売り場やホームは心が荒むような雰囲気で、何とも居心地が悪い。

さて、予告通り今回の総選挙の話だ。

まだ選挙運動中のある日、テレビをつけると公明党の神崎代表が街頭演説をしていて、既得権益に対する批判をしていた。それを観ていて、ふとこんなことが浮かんだ。私も既得権者であり、彼の批判の対象ではないかと。

私は何がしかの所得があるので、障害基礎年金の給付は受けていないが、「先天性血液凝固因子障害等治療研究事業」(マル血)の適用を受けている。これは「小児慢性特定疾患治療研究事業」(小慢)から分かれたもので、血友病などの先天性の出血性疾患患者は20歳を過ぎても小慢の適用範囲としていたのを、マル血の創設によって20歳以上の患者はこちらの適用としたものだ。これによって、治療費の自己負担分は全額公費負担となる。フィブリノゲン製剤の投与以外にも、出血が原因で起こる関節障害などの合併症や、製剤投与が原因の感染症の治療も全額公費負担だ。つまり私はC型肝炎の治療において、病院に一銭も払っていないのだ。さらに5級の障害者認定を受けていて、税制上の優遇措置その他の恩恵が受けられる。この認定は、左足首の度重なる出血による関節障害のため、足首の固定術をちょうど10年前に受けたとき、整形外科の主治医の勧めがあって申請した。

公明党の支持者には、私のような既得権者は少なからずいるはずで、神崎代表はそうした支持者の票は捨てたらしい。というのは私の皮肉で、彼は特定郵便局長あたりのことを本当は言いたかったのだろう。そんなこともあって、私はこのとき思ったことを記事にはしなかった。

しかし、内田樹という学者さんが書いた総選挙の総括を読んで、気が変わった。これだ。

http://blog.tatsuru.com/archives/001227.php

続きは次回に。

| | コメント (18) | トラックバック (0)

2005年9月14日 (水)

小さくて小回りの利くよい政府

職場が忙しくなり、帰宅が少し遅くなってきた。それでも今週は気が張っているのか、おかげさまで割合元気だ。それでも夕方5時を過ぎると今まで以上にぼーっとしてきて、頭を働かすのに苦労する。

ぼーっとするのは、昨日お約束の不眠が出たからでもある。インターフェロンに加えて、今回の総選挙をきっかけに、妻が政治に興味を持ちだして、あれこれと私に訊いてくる。そうすると、答える私は頭も口も回ることになるので、そのせいで眠れなくなるのだ。有権者として政治に目覚めるのは大変よいことだが、まさか選挙がこんなところで影響を及ぼすとは、予想もつかなかった。

彼女は「小さい政府」の本来の意味も知らなかったという。「小さくて小回りの利くよい政府」くらいにしか思っていなかったらしい。これではまるで自動車だが、小泉政権のいわゆる「ワンフレーズ・ポリティクス」の詐欺性をあらわす、ひとつの例だと思う。

政治向きの話は本当は別のところでしたいし、結果が出てしまったものにとやかくいいたくもないのだが、私の病気と関連するところもあるので、今回の総選挙について、次回に少し書いてみたいと思う。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2005年9月13日 (火)

16週目・なお道遠し

前回も書いたが、今日で全体の投与の1/3が終わった。

血液検査は、多少よくなるものあり、好中球のように多少下がるものありで、全体としては横ばい。問題は肝機能で、数値が上がったのがわかって3週目だが、まだ下がっていない。GOTは90、GPTとガンマも160台後半と、しつこい。「教科書的には、いったん上がった肝機能が下がって、ウイルスも陰性になって、よかったねってことになるんだけど、まだまだだねえ」と主治医。HCVは定量で検出不能のまま。私の場合、ウイルス量は5週で検出不能になったから、こちらはかなり早い方だと思うが、肝機能が下がらないのではどうにもならない。かえってこっちの方がしつこそうな気がする。

今日はフィブリノゲンの投与日。卵の白身をゆるくしたみたいな、少し粘り気のあるくすりなので、いつものことだが点滴がうまくぽとぽと落ちてくれない。輸血セットの壁を伝ってしまうのだ。こうなると、くすりを落とす早さは勘に頼るしかなくなる。看護婦さんが扱いに苦労していた。しかし、よくしたもので、ここ数年は早く落としても、私の場合は苦しくなったりすることがない。ただ、他の患者さんだと頭痛が起こったりするときもあるようだ。血液が原料といってもあくまで他人の血だから、そういうことはままある。

午後から出勤だが、フィブリノゲンが時間かかるんですよねえ、と注射が終わってから、ベテランの看護婦さんに世間話のように話すと、早く病院から出られる手段をアドバイスしてくれた。こういうところは血友病を多く診ている病院らしく、類縁疾患の私にも非常に親切だ。

京都府というところは、血友病治療の点でいうと、非常にお寒いところだ。京大医学部と府立医大という有名機関はあるが、この方面に明るい医師を全く養成していないのだ。だから、大学病院はもちろん、その系列病院も血友病をちゃんと診ることができない。京大医学部には昔、安永幸二郎という教授の方(故人)がいて、黎明期から血友病治療を支え続け、京血クリオというクリオ製剤を開発されてもいるが、この方も血友病患者さんは京大ではなく、別の病院で診ていたという。今の私の主治医は、関西医大での安永氏の弟子筋に当たる医師だ。

血友病やその類縁疾患は、患者数からすれば微々たるものかもしれないが、確実に存在する。できるだけ多くの医療機関が、こうした患者をきちんと診られるようになることを願いたい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年9月12日 (月)

インターフェロンをひとに勧められるか

昨日はまた眠れず、頭がすっきりしないが、身体は割と元気なようだ。つらい時期を少し抜けてきたのかなという気もする。

明日で、ちょうど治療の1/3が終わる勘定になる。最近ふと思うことは、C型肝炎患者さんが自分の近くにいたとき、インターフェロンでの治療をその人に勧められるだろうかということだ。実際に何人かのC型肝炎の患者さんと話をする機会があったが、さすがに勧めることはできなかった。では医師なら割合積極的に勧めるかというとそうでもなくて、例えば私の主治医はどちらかというと慎重派だ。最終的な判断は私にまかせたが、「あなたの場合は積極的に背中を押せないねえ」「みんなつらいのによく頑張ってるよ」「自己注射を認可するなんて、大丈夫かと思うよ」と主治医は言っていた。結局私は治療に踏み切ったわけだが、実際やってみると主治医の言葉は今になって身にしみる。通院という治療形態の限界に挑戦するような副作用や、家族に与えるさまざまな負担などは、前回投与の楽さに比較して想像を超えていた。入院での投与の楽さと通院での投与のつらさの間は、埋められないくらいの深い溝があると思う。できたら中間がほしいくらいだ。ペグ+リバ併用療法で、すでに治療を中断したという話も、患者さんのお子さんから聞いた。

最近はインターフェロンの投与期間がかなり長くなっている。ペグは48週間投与で、場合によっては延長もできる。インターフェロン・アルファの少量の自己注射も肝がん抑制効果が期待できるという。しかし、期間が長くなれば長くなるほど、患者の負担は確実に重くなる。治療期間としては、患者のことを考えるとそろそろこれが限界というところにきているのではないか。

特にペグ+リバ併用療法は、日本で使えるようになって、48週間経っておらず、一般患者の完走者がまだ出ていない。著効率も高いと言われるが、厳密にいうとまだ日本での結果も本当のところ出ていない。今は極めて大規模な治験をやっているのと変わらないといってもよい状況だ。一番新しい、期待の治療法だから、やってみたいというタイプ1b高ウイルス量の患者さんはもちろん多いだろう。しかし、もしまだいろいろな面で待てる状態ならという限定つきの話だが、1年なり1年半なり経って、日本での評価がある程度出てからでも遅くないのでは、というのがやってみての私の実感だ。つらい治療に見合った結果がついてこなければ、もったいないと思う。2回目、3回目のインターフェロンというひとも、できたら2、3年休んで、治療に対する身体の記憶を抜いてからの方が、身体の負担という点では望ましいだろう。ただし、効果やつらさは患者さんによって千差万別、やってみなければわからない、という意見があるのももちろんだ。

待とうというひとでも、それまできちんとした経過観察を続け、医師の意見を聞くのは絶対必要だ。インターフェロンは始めてしまえば一本道、治療自体はある意味単調だ。

それと、もしものことも考えて、一人暮らしのひとは、頼りになる誰かが近くにいた方がいい。私の親戚で一人暮らしの人間が、幸運にも投与をしていた病院の事務に知り合いがいて、その人と二人三脚で治療を乗り切ったという例がある。

かなり否定的な意見になったが、これが治療の1/3が終わろうとしている時点での率直な感想だ。48週間完走後や終了後半年経ったときだと、また違って、もろ手を挙げてお勧めしているかもしれない。まあ、人間というのはそんなもんでして……。

| | コメント (5) | トラックバック (0)

2005年9月11日 (日)

デートしよう

この2、3日はよく眠れている。というより、いくら寝ても寝たりない状態だ。

金曜日だったか、帰宅すると妻が「デートしよう」という。私のシャツが傷んできたので、娘たちを預けて買いに行きたいと。そこで今日は、市のシルバー人材センターが二条城の南でやっている託児所に娘たちを預けて、四条界隈に久しぶりで二人きりで出かけた。

妻はよほどピンとこないと自分の服は買わないのに、メンズの服を見るのは大好きだ。こんなのがいいと赤のストライプシャツを大丸で買い、四条のブルックス・ブラザースに行って、10月頃に着るジャケットがないので、ブレザーを買った。スーツでも私はグレー派で、ネイビーを買うのは初めて、ブレザー自体を買うのも初めてだった。ブルックスの上着というと、三つボタン段返りで、腰をあまり絞らないアメリカントラッドのシルエットが昔から有名だが、今はすでにそうしたものはほとんどない。私が買ったのも二つボタンだった。モノはもちろんいい。

大丸をぐるりと見たとき、三つボタンの細身のスーツが相変わらず幅を利かせている一方で、最近は同じく細身ながら二つボタンのVゾーンの広いものも出てきているようだった。細身で三つボタン、Vゾーンの狭い服を着ているやつらを見ると、「俺たちケツが青いです」と、恥ずかしいことを往来で臆面もなく主張しているようで、腹が立った(私はいくつなのか?)が、まずはよい傾向だ。

四条御幸町を北に上ってみたらベトナム料理屋があったので、子どもがいたら入れないようなところへ行こうと、そこで昼飯を食い、寺町のコダマでオックスフォードのボタンダウンシャツ(ここのは安くて非常に品質がよい。スキャッティ製)を買い、久しぶりに町をそぞろ歩いた。四条から御池までの路地は、面白い店がたくさんあって飽きない。妻はこの辺を歩くのが本当に久しぶりだったようで、大変うれしそうだった。シャツも都合5枚買って、「これで1年は持つ」と、こちらの方も大喜び。

託児所でよい子にしていた娘たちを拾い、選挙に行き、さすがによろよろに疲れたので昼寝をした。リフレッシュしたら、娘たちがとってもかわいく見えるとは妻の弁。

そして床屋へ。いつものように短くしてもらった。「くすりで脱毛がはじまって」と言うと、「今のところ、そんなにひどい感じはしませんよ」と店の兄ちゃんは言うが、多少工夫をしてくれたようだ。家で見せると、短くしたおかげで、梳けてきたのがかえって目立たなくなったとのこと。短くすると少し髪が立ってくるし、天パでもあるので、それで目立たなくなるようだ。

選挙報道を見ると、自民党は大勝らしい。脱毛がきたと思ったら、今度はケツの毛まで抜かれるのか。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2005年9月 9日 (金)

民間療法、健康食品などなど

昨日は記事通りに本当に寝て、しかもよく眠れた。それでも起きるのはつらかったが、おかげで今でも割合楽だ。かゆみすらあまり出てこなくなった。よく寝て、食べて、活動すると、ひとはだいたい元気なものだ。しかし、インターフェロンとリバビリンの副作用が、私の場合それを邪魔してくる。今日もこんなによく眠れて元気かはちょっとよくわからない。

前のインターフェロン投与で入院したときに驚いたのは、平日の昼、患者さんの多くが病棟のテレビで『おもいッきりテレビ』を観ていることだった。『あるある大事典』は消灯後の放映なので、よくわからなかったが、たぶん観ていたことだろう。患者さんから「『あるある』でやってた」という言葉を聞いたことがある。両方ともいわゆる健康番組、というか疑似科学番組だが、今でもこの番組は非常に人気がある。入院していたのは6年前だから、今どき大変な長寿番組だ。ある食品がこれらの番組で紹介されると、翌日のスーパーの売り上げが恐ろしく違うらしい。でも、あれだけ長くやってるんだから、スーパーで売っていそうな生鮮食材などは、紹介されつくされたんではないだろうか。結局全部食べるのが一番いいということになったりして。

お仲間リンクにもあるMelitで代表人の加藤医師が「民間療法、健康補助食品やサプリメントの使用について」で、医師の立場から明確に答えていらっしゃるので、特に付け加える必要もないのだが、患者の立場からといってはおそれおおいが、こうしたものについて書いてみようと思う。

私は田舎百姓の家の出なので、民間療法や漢方などは身近だった。子どもの頃に、先天性の病気のせいで内出血が起きたときは、マムシ酒を決まって湿布していた。マムシ酒の入った一升瓶の底には、マムシがとぐろを巻いていて、そんな瓶が4、5本はあった。くすりといえば置き薬。丈夫になるようにと救命丸はよく飲んだし、腹が悪くなれば三光丸や熊の胆、歯が痛かったり熱が出ればケロリン(これは新薬だが)を飲んでいた。やけどには味噌やキュウリ。病気持ちの私を案じて、母が祈祷に連れて行ったり、新聞に出ていたとニンジン汁を飲ませたこともある。その母は婦人科系が悪かったのか、私が小さいころ、實母散を煎じて飲んでいた。

私の妻もなぜか同じようなもので、腹がおかしくなると、おばあちゃんの作った梅肉エキスを、これがいちばん効くと言って、今でも飲んでいる。娘にも飲まそうとして嫌がられていた。新婚の時、風邪を引いたといって、首にネギを巻いて寝て、その悪臭で、隣で寝ていた私を大いに悩ませたこともある。

その他にも滋養強壮剤やらも含めて、大人になって試したものはいくつかある。思いつくまま挙げると、キヨーレオピン、大高酵素、バイオノーマライザー、ウコン、亜鉛、エビオスなどなど。だが、始めて数ヶ月もするとどれも飲まなくなった。私に効いたためしがないのだ。結局今は飽きてしまって何もしていない。食べ物も身体にいいとか悪いとかで選別せず、食べたいものを食べている。特にインターフェロンをやっている最中は、概して食が細くなるから、身体に良いものより、まず食えるものを食う方がいいに決まっている。母は何かというとあれは身体にいいとか言っているが、死んだ父は好きなものを飲み食いして、酒や煙草も好きなだけのんだ。私はやはり父のタイプのようだ。理屈はいらない、うまいものが一番だ。巷でよく飲まれるドリンク剤も、芝居をやっていたときに飲んで舞台に出ると、変なところに力が入るのか、必ず出血したので、それからは一切飲まない。

C型肝炎だと、専門医によれば、肝臓によいと思われているしじみやレバーは、鉄分が多いのでかえってよくないらしい。また、ウコンやアガリスクも免疫系をいじるので、悪化させるおそれがあるという。ウコンを健康食品で摂って、肝機能の数値が上がった肝炎患者が、病院に担ぎ込まれた例を医師から聞いた。しかし、だからといってそういう医師も、アガリスクは別にしても、しじみ汁やレバニラやカレーライスを食べるなとは言わないだろう。肝臓に影響が出るほど食べようと思えば、食生活自体がおかしくなってしまう。

吉村昭の小説が好きで、最近よく読むが、『深海の使者』で旧日本軍の潜水艦の乗組員の野菜不足を補うために、エビオスが使われていたことを知り、興味深かった。今ではセックスの方で有名だ。亜鉛もそうで、2ちゃんねるなどでチ○ポビンビン、精液ドバドバ、スパシーボ!!とか書いてあって、面白そうなので試してみたが、どうということはなかった。

健康食品や代替療法に関する本もよく出ていて、地方紙の広告をにぎわせている。しかし、そういうものは決まって患者数の多い病気になぜか効くもので、先天性無フィブリノゲン血症のような患者数の少ない、しかも先天性の病気には効かないことになっている。「先天性の病気まで治った!」とか書けばものすごい宣伝になると思うが、さすがにそんなものはない。答えは簡単で、そんな治療法では治らないし、カネにもならないからだ。難治性で患者数が多ければ、それだけ飛びつくひとも多く、カネになるのだ。C型肝炎患者などよいカモだ。

健康食品やサプリメントには、「最高の品質!」とか「○○を何%配合!」とかいろいろ宣伝文句が並ぶが、あんなものは米屋の「魚沼産コシヒカリ」以下の信憑性しかない。100%魚沼産しかそれが表示できないことにすると、米屋の魚沼産コシヒカリはたぶん10分の1くらいになってしまうのではないか。みんな混ぜ米をして売っているのだ。何の表示規制もない健康食品だのサプリだのを信用する方が馬鹿だ。ごく個人的にイワシの頭をありがたがるのは結構だが。

いろいろ書いたが、こうしたものがブームになる背景には、自分の健康や今かかっている病気に対して、漠然とした不安があり、しかも苦痛を伴わずに健康になりたいという意識があるのだろう。もちろん現在の医療に対する不満もある。そしてこれらが、民間療法などが案外最近まで(農村部などでは特に)ポピュラーだった日本の状況と結びついているのではなかろうか。

C型肝炎患者さんにもよくいそうだが、新しい治療法とか新薬の研究情報について、医師以上に血眼になって探している患者さんも、結局根は一緒だと思う。実はこんなことをいままで長々書いたのも、インターフェロンとスタチン類の併用療法を聞きつけて、早速検索をかけてきたひとが何人かいるからだ。以前にメバロチンのことをほんの少し書いたので、このBlogが検索にひっかかったのだ。確かにC型肝炎のインターフェロンによる治療は、短期間で長足の進歩を遂げている。しかし、悪いことは言わないから、こうしたものが実用化されるまでには、いかに有りものをひっつけただけでも、10年かそれ以上かかるぐらいに考えた方がよい。まだ細胞実験レベルの話ですぞ。精神衛生上もその方が楽だ。血友病の場合でも、10年くらい前から遺伝子治療の研究が行われていて、あらぬ希望を患者さんに与え続けているが、実用化のめどなど全く立っていないのだ。割と近い将来に使えそうなのは、バイエルが開発しているペグ第VIII因子製剤(こっちもペグなんですよ)あたりだけのようだ。

もうひとつ心配なのは、こうした方向に走る行動に、医療費の自己負担額の増加などが反映されていないかということだ。もし、それがこうした妖しげな方向へ人々を駆り立て、医療機関の受診を妨げているのであれば、医療政策そのものが犯罪的行為を犯しているといっても言いすぎではない。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2005年9月 8日 (木)

今日は早く寝ようか

日中は気が張って、いい感じだったが、夕方になると今日はだめだ。さっきも夕食前に寝てしまった。横で上の娘も眠そうにしている。私も早く寝よう。

両腕やへその横など、そこここのかゆみがしつこい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年9月 7日 (水)

禁酒とニュースJAPAN

今日のは変なタイトルだが、この二つに関係は全くない。

今日は午前中に会議があったり、問い合わせの電話に応対したりで、なかなか忙しかった。こうした緊張感があると、身体がフラフラするのも止んで、いい感じだ。しかし緊張が途切れると、どかんと疲れが出るし、くすりの副作用で持久力がなくなっているので、緊張そのものをずっと持続させることができない。それでも今週はまだ身体が楽だ。先週は本当にひどかった。

昨日、前のインターフェロン投与でのリバウンドのことを書いた。その当時の日記を見ながら書いていたのだが、大事なことを書き忘れているのに気がついた。投与が終わって退院して、独身生活の気楽さからか、割とすぐに酒を飲んだのだ。そのときは特に何もなかったので、大丈夫と思って以後も飲んでいた。ところが、10日くらいは経ったころと思う、芝居の連中と外で飲んでいたら、急に身体が酒を受け付けなくなった。目の前には、半分くらい空いたジョッキがある。それまで普通に飲めていたが、突然手が伸びなくなって、見るのも嫌になってしまったのだ。それ以来禁酒して、数週間経ってからリバウンドが来た。飲めなくなったころの肝機能の数値は正常だった。

こんなことがあったおかげで、今回は投与中はもちろん禁酒、投与終了後も効果が確定するまでの半年くらいは禁酒と、心に決めている。とすると、飲めるのは来年の初冬ぐらいか。ううむ。

昨日、このBlogの更新が終わって、2階に上がると、妻がニュースJAPANを観ていた。台風情報を観たかったらしい。彼女の出身の山口県は岩国辺りにひどい被害が出た。妻の実家もすぐ裏の川が決壊寸前まで行ったそうだ。彼女は授乳中のせいか、重いものが上から覆いかぶさってくるような感覚を覚えたという。台風が近づいた昨日、彼女も入っている育児サークルのお母さん全員の足がむくみ、今日になると嘘のようにそれが引いたという話も聞いた。

ニュースJAPANというテレビ番組は、『検証・C型肝炎』シリーズで皆さんおなじみだと思う。私も取材を受けたが、その取材申込があったとき、テレビでこんなものを放送していることを全く知らなかった。私はテレビ自体をあまり観ないのだ。観たことがあるかと訊かれて、ないと当然答えた。すると、今までの放送分のビデオを送ってくれた。観ると私が知らないことがたくさん報道されていて、実に勉強になったが、そのうちあることに気がついた。映像の演出が、回を重ねるごとに、かなり扇情的な方向へエスカレートしているのだ。最近の民放のニュースはこんななのかと思いつつも、報道番組としてはいかがなものかなあと、少々違和感を覚えたことを記憶している。

私のことが放送されたのは、フィブリノゲンの問題で、このシリーズが調査報道として最も勢いづき、扇情的演出がまさに完成の域に達したころだった。放送の内容はともかくとして、テレビに出た自分は、玉置宏の名調子に乗って舞台へ出る演歌歌手みたいで、私はどうにも気恥ずかしかった。

さて、台風のニュースが終わって、妻が下に降りていった。すぐ戻ってくるかなと思って、ニュースを観ながら、横になって待っていた。するとニュースの方は選挙報道に変わった。注目の選挙区を伝えるとのことで佐賀2区が紹介されていた。

諌早湾干拓事業という大問題が控えているのが佐賀2区だ。例の可動堰の問題だ。タイラギという貝が捕れなくなり、ノリの養殖も大打撃を受けた。窮状を訴えるノリ養殖業者の代表。ここで立候補したのは、自民、民主、共産、無所属(つまり自民党の造反議員)の各候補。自民党のいわゆる刺客候補者は若い落下傘候補者だ。諌早湾干拓事業に関する集会で、それぞれの候補者が可動堰の常時開放といったことを訴えたが、自民党の候補者だけは都合で出席しなかった。ノリ養殖業者の代表は要望書を携えて候補者の選挙事務所を回る。小泉総裁にも直接意見書を渡したいと総裁の街頭演説に幟を立てて臨むが、総裁は演説を終わると車に急いだ。失望する業者代表、とそこへ、なんと自民党の候補者本人が話を聞きたいと直接やってきたのだ。業者代表は自民党候補者に直接要望書を渡し、「頑張ります」と言う候補者と堅い握手を交わす。

以上が放送の概略だが、結論からいうと、これはニュースではなく、自民党のプロパガンダ放送だ。自民党候補者を中心に据え、他の候補者を別扱いする。自民党に対する失望の姿を描いておいて、最後に大きな救いをもたらす者として、自民党の新人候補者を登場させる。意見書を候補者本人が受け取ったのは最後の自民だけで、あとは選挙事務所員が受け取っていたのも見逃せない。ヒーローはたったひとりで最後にやって来るのだ。『検証・C型肝炎』で扇情的演出をしたニュースJAPANは、今度は古典的ともいえる筋書きのプロパガンダ映像をつくった。

自民党がメディアを使って巧妙な宣伝を繰り広げているとか、メディアを味方につけているとか、いろいろ言われているのは目にしていたが、その実例を観た私は慄然とした。報道によるアナウンス効果については、以前から指摘されている。しかし、ここまでくるとアナウンス効果どころではなく、報道ですらない。単なる特定政党の宣伝だ。

こうした方法を使う自民党が、私には非常に怖い。ナチスが行った大衆プロパガンダを思い起こさせる。政策や公約がどうこうという以前の問題だと思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年9月 6日 (火)

15週目

台風のせいか、今日の病院はひとが少ない。テレビを観ると九州は凄いことになっていた。こちらも何か起こりそうな物凄まじい雲行きだったが、風もきつくないし、雨もさほど降らなかった。

ヘモグロビンは10.8gと前回と変わらないが、あとは回復している。「底を打ったかも」と主治医。肝機能も先週をピークにいくぶん下がった。GOT80、GPT170、ガンマGTP170。

面白いことに気がついた。インターフェロンを始めて、今のところでだいたい4ヶ月目だ。そして、6年前の初めてのインターフェロンの時も、投与開始後4ヶ月頃で、肝機能が急激に上がっているのだ。このときはベータ型だったので、8週間の投与が終わって、経過観察に入っている時期だったから、リバウンドということになった。今回はペグイントロン投与中のことだから、状況としては違うが、どちらも投与開始4ヶ月くらいで肝機能の数値が急激に上がっているのは興味深い。両者には何の関係もないのかもしれないが、数遊び程度に考えてもらえればと書いてみた次第。

今日も火曜日の不眠が出るかな。今、割合眠いのだが、布団に入ると眠れなくなるというのは、これまでもよくあった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年9月 5日 (月)

一発感染の不条理

寝過ぎたせいか、昨日の夜はまた眠れなかった。眠れないときに決まって出るのがかゆみだ。両の二の腕がしつこくかゆいのは、明らかに副作用だ。

今日、職場の上司から、「顔色が悪いが、大丈夫か。副作用か」と訊かれた。少し前からそんな感じがしていたが、目の周りがアザでもできたように黒い。

薬害肝炎訴訟のことを先日書いた。傍聴していて今更ながらに気がついたのは、原告さんたちのフィブリノゲン製剤の投与量の少なさだった。このくすりは一瓶に1gのフィブリノゲンが含まれているから、最低投与量ももちろん1gになる。今回の本人尋問に立った原告さんは3人とも1gとか2gとかそんな程度だった。ちなみに私の一回の標準投与量は2gだ。大阪では、例外的に6gいちどに投与された原告さんがいて、これは一回の投与量だと、私からみても大変多い。フィブリノゲン量100mg/dl以下を低フィブリノゲン血症というそうだが、私のようにあるのかないのかわからないようなところまでは、普通の患者さんはまず落ちない。6g投与というと、私に対してすら外科手術が可能になるくらいの量だ。この患者さんは、かなり乱暴なことをされたものだと思う。

ただ、何とも不思議というか、わかっているひとには不思議でも何でもないのかもしれないが、投与された量や回数と、肝炎の重篤さやしつこさとは、あまり相関関係がないようなのだ。現在93名になったという薬害肝炎の原告さんのうち、フィブリノゲンでの感染者(93名の中には、クリスマシンやPPSBという、凝固第IX因子複合体製剤での感染者も含まれている)すべての投与量を合わせても、私ひとりが今まで投与されたトータルのフィブリノゲン製剤の投与量の方が、数倍多いはずだ。では、私の肝炎の方が数倍重いかというと全くそうではない。また、同じ先天性無フィブリノゲン血症の患者さんで、私以上に製剤を大量投与したとみられるひとでも、インターフェロンが著効となり、すでにHCVが消えてしまった例もある。ウイルスにさらされる回数が多ければ多いほど、持続感染、重複感染の可能性が高まるのはわかる。しかし、極端な例でいうと、一滴の血液で感染したひとと、数百本の血液製剤で感染した人間で、肝炎の重度に変わりが見られない(あくまで仮説だが)というのは、何とも不条理な気がする。これは感染原因がわからないようなひとの肝炎が、普通のインターフェロン投与で治るほど、必ずしも軽くないのと同じだ。

もちろん、ウイルスのタイプや量、感染時期、患者さんの年齢その他もろもろの要素が肝炎の進行に影響するのは事実だ。しかし、一度きりの感染で地獄を見なければならなくなった患者さんのことを思うと、同じ患者として、やり切れない気がする。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年9月 4日 (日)

こってりの洋食ばかり

昨日はまたバタングーの一日で、おおざっぱにいうと、飯を食ってるか、寝てるかのどちらかだった。昼間あれだけ寝たから、夜は眠れないなと思っていたら、さにあらず、夜9時くらいに布団に入ったら、そのまま今日の朝まで寝てしまっていた。夕食後にまだ少し空腹感があったので、ヨーグルトを少し食べてみたら、しんどくなってそのまま寝てしまった。今日もフラフラしながら一日を過ごした。ほんの少し頭痛もする。

そんな状態だから、食い物もあっさりしたものを食べていたのかというと、これまたさにあらず、かなりこってりしたものを食べていた。洋食ばかりだったのだ。

土曜日

  • 朝 トースト、牛乳、コーヒー
  • 昼 ハムとスモークサーモンのサンドイッチ、グレープフルーツジュース
  • 夜 ビーフステーキ(!)、ご飯

日曜日

  • ブランチ ハンバーガー、牛乳、コーヒー
  • 間食 ラズベリーヨーグルト
  • 夜 ビーフシチュー(!)、サラダ、バゲット

すべて自家製で、総菜、外食全くなし。土日ともに夜は牛肉でキメているのがなんともいえない。このメニューはほとんどすべて私のリクエストだ。食事は何がいいかと訊かれて、思い浮かんだのがこれだった。こってりして醤油の味のしない、こういうものが食べたかったらしい。食後も全く胃もたれしなかった。家族にも好評で、子どもたちはよく食べるし、栗原はるみのレシピでビーフシチューがゆっくり作れたと妻も喜んでいた。赤ワインを料理に使って、残りが飲めたのも、彼女にはうれしかったようだ。多少金はかかるが、家族で外食することを考えれば、格段に安い。

こんな飯を食って横になってたら、体重も戻っただろうと思われるかもしれないが、またまたさにあらずで、かえって腰回りはごそごそになっている気がする。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年9月 2日 (金)

季節の変わり目に

9月に入って2日目だが、京都は残暑が厳しい。つい先日まで快適だったのが、昨日は蒸すし、今日の暑さは格別だ。これが特に影響するのが夜中で、うちの場合、冷房を入れて寝るのと窓を開けて寝るのとでは体感が全く違う。窓を開けて涼しい外気に触れながら寝るのがもちろんいいが、夜も暑いので、これができない。昔の丑三つ時くらいになって、やっと涼しく感じるかというところ。

こうやって暑くなったり涼しくなったりしながら、秋になるわけだが、季節の変わり目の不安定さか、疲れがいまだ取れていないのか、体調が不良だ。ペグとレベトールの副作用で、身体が重かったり、だるかったり、ふらふらしたりするのは基本的にずっとあるが、今日はそれがとても厳しい。かゆみは前より少し楽になった気がするが、それでも手足やら背中やらをこちょこちょ掻いている。今日はいつもより早く帰宅できたので、少し横にならせてもらえた。それから夕食をとったが、嫌いな豆カレーだったせいか、あまり食べられない。カレーなので、子どもは喜んで食べていた(昼間もこれだったらしい)が、私には豆のほくほくした感じがどうしても受け付けない。私がこれを嫌いなのは妻も知っていて、少々すまなそうにしていた。私の父はカレー自体が大嫌いで、子どもの私はこんなうまいものをなんで嫌いなのかと思っていた。今度は私が父の立場になってしまった。

食後にシャワーを浴びてから、今日は暑いし、冷房をかけて、みんなでころころしようと、家族全員で早くから寝室に入った。と、今度は目が覚めてしまって、結局こんな時間に私だけ起きて、ごそごそやっている。夜中に眠れないときは、決まって頻尿でもある。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2005年9月 1日 (木)

薬害肝炎大阪訴訟・本人尋問

以前にも書いたとおり、8月29日月曜日は大阪へ。薬害肝炎訴訟の傍聴だ。傍聴人は多く、大法廷に入りきれないひとも出たとのこと。夏休みで学生が多かった。

今回の公判では原告本人尋問が行われた。対象者は原告番号3、9、12番。すべて女性で、出産時のフィブリノゲン製剤投与による感染とされる。このくすりが最も危険だったといわれる時期に投与された方々でもある。

3番の原告さんは昭和61年の出産直後にだるい、発熱などの急性肝炎の症状が出た。体調が回復したのは出産1年後。出産時に輸血もされたが、ドナーは親族で肝炎感染はない。1995年の次子妊娠時にC型肝炎が発覚。感染のおそれがあるという理由で、仕事に就けない事態を2度経験している。現在無症候性キャリアだが、タイプ1bの高ウイルス量。インターフェロン投与歴はない。家庭の事情と効果への不安が理由。父親が肝がんで死亡、C型肝炎由来だということがわかっている。

9番さんも昭和61年の出産時にフィブリノゲン2g投与。出血は1200ccと多かったが、医師が肝炎感染を懸念して輸血はしなかったという。医師がフィブリノゲンでの感染の危険性を認識できていなかった例でもある。カルテが見つからず、母子手帳の出血状況を見て、この状況なら使用したかもしれないと判断した医師が三菱ウェルファーマに当時の納入状況を確認し、使用証明を出す。その後、外来カルテが見つかり、2gの投与が正式に判明した。輸血歴はこれ以前2回あるが、その時は肝機能に変化なし。また現状の肝炎の進行状況から見ても、61年の出産時の感染が妥当とされている。自覚症状はないが、7年前のインターフェロン投与時に、中程度かそれ以上に繊維化していると診断されている。120万円程度かけてベータとアルファを投与したが、ウイルス排除はできなかった。可能性ある限りインターフェロンの投与を受けたいが、現在は子どもの教育費で無理。ウイルスが消えれば人生も変わるのではと展望している。

原告12番さんは昭和62年の出産で感染。結婚後9年経って人工受精まで行ってのおめでただったという。以前妊娠経験は一度あったが死産だった。妊娠中に三沢の集団感染事件を報道で知る。62年の出産時はずっと破水が続いているような感覚が続き、その間ずっと出血していた。血圧が測れぬほど低下して医師が慌てだした。このときフィブリノゲン1g投与。退院後だるさが出て、イスにも座っていられない状態だった。出産した病院に救急で駆け込んだが、役立たずで困るという夫に輪をかけて、医師にもそんなことで救急に来るなと言われ、追い返される。その直後から母乳が出なくなった。後に献血で肝炎判明、慢性化していた。子への感染否定できないと言われたが、子、夫ともに陰性。夫の理解のなさから離婚。以後肝炎が母子の生活に、極めて重大な影響を与え続けている。インターフェロンは2回行ったが、1回目は眼底出血のため中断。喘息も出た。貧血のため、併用療法は無理。2回目の投与でもいったん陰性化したが、またウイルスが出た。肝機能はほぼ正常だが、繊維化は進んでおり、誰が見ても慢性肝炎の状態。肝炎治療の他に呼吸器科、眼科、耳鼻科、リウマチ科も受診しなければならず、治療費で蓄えを取り崩す生活。経済的にも、もうインターフェロンはできない。

以上は原告代理人の尋問を元に、私が要約した。

被告三菱ウェルファーマ(ベネシス)は、尋問で、輸血歴の有無とそこでの感染の可能性を執拗に訊いた。フィブリノゲンでの感染に疑問が生じれば、少なくとも三菱は免責されるので、これは当然ではある。被告国も原告家族の感染状況などを簡単に訊いていた。国側代理人は顔触れが変わっていた。彼らは法務省から派遣されていて、元裁判官や検事だというが、転勤や人事異動などによる交代ではとのこと。この裁判は書証も極めて多く複雑で、引継はかなり難しいはずと、原告側弁護士が言っていた。それを裏付けるかのように、国の尋問はどの原告に対しても極めて簡単だった。被告側の代理人は、原告本人に極めて慇懃な態度で尋問していた。むしろ原告代理人の方が、原告に対してやや乱暴(よく言えば率直)な印象さえ受けた。

ちなみに裁判官が現在まで替わっていないのが、大阪の特徴で、同時進行している、他の地域の薬害肝炎裁判は、すべて裁判官が途中で交代したという。

この裁判は来年早々に結審する予定とのこと。私がインターフェロン治療を終えるのは、来年の4月頃なので、傍聴は今回で最後になった。治療で職場を休んでいるので、それ以外ではなかなか休めない。

ところで、原告3番さんは、フィブリノゲンの肝炎感染で、当時のミドリ十字が患者さんに見舞金を払った例があると知り、三菱ウェルファーマに、自分も感染者だが中途半端な対応をするなと電話したらしい。対応については後日電話するといわれ、待ったが来ないのでもう一度電話すると、たらい回しにされた揚げ句、裁判でも何でもやってみろといわれて一方的に電話を切られたという。クレーマーと間違ったのかもしれないが、この対応には大バカとしかいいようがない。HIV感染した血友病患者に対して、当時の厚生省の役人が「あなたがたは裁判できないでしょう」と言って、患者たちを激昂させた結果、どんなことが起こったか、この会社は全く学習していないようだ。今回の裁判の支える会の中では、私は最も三菱寄りの立場に立つ人間だと思うが、この件については、大馬鹿会社と呼ぶことに何の躊躇も覚えない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2005年8月 | トップページ | 2005年10月 »