既得権者のわたし・続
内田氏が「勝者の非情・弱者の瀰漫」でいう「弱者」には、造反議員や野党議員、そしてそれに連なる人々という意味もある。しかし、特に後段に出てくる「大都市圏の「弱者」たち」と書くとき、その「弱者」には、前回の記事でwatanabekepapaさんからコメントいただいたとおり、障害者や難病患者ももちろん含まれるが、これはもっと広い概念を取っているというのが私の解釈だ。それは補助や支援が必要か、あるいは本人が欲している者という意味だ。そして、補助や支援のなかには社会保障全般のほかに、減税や各種補助金なども含まれる。その対象者は具体的にいうと、小規模事業主や現業従事者、サラリーマン、主婦、パートタイマー、失業者、フリーターやニートなどなど、「(都市の)大衆」という言葉とほぼ等価だ。そして彼らも既得権者かその予備軍で、彼ら相互に不公平感もある。大ざっぱにいうなら「弱者=既得権者」で、ここで造反議員や野党議員たちと大衆が二重写しとなり、さらにそれらが「負け組」だということだ。大衆たちが同類をボロ負け組に叩き落とそうとする。この姿は、やはりいしいひさいち描くところの地底人と最底人が「おまーおまー」とナンセンスな戦いを繰り広げるのと全く変わらない。その結果、勝ち組はボロ勝ちするのだ。
C型肝炎の治療費を一銭も病院に払っていないと、前回の記事で私は書いた。一方で、お仲間リンクには、インターフェロン投与の医療費を今日はいくら払ったと、几帳面に書いておられる方がいる。金額はもちろん高額だ。これを見たとき、私は現在の身の上をどことなく後ろめたく思ったし、私の治療費無料の事実をこのBlogに書くことが怖かった。同時に、私が適用を受けているのが感謝すべき制度、今後も変わらず存続させないと困る制度であることも再確認した。そして、C型肝炎患者さんたちがどんなにか苦労して医療費を捻出していることも容易に想像できた。だからこそ治療費無料の事実を書くことが怖かったのだろう。というのも、私が「先天性血液凝固因子障害等治療研究事業」(マル血)の適用を受けはじめたのは、30歳過ぎてのことで、それまでは「小児慢性特定疾患治療研究事業」(小慢)その他の医療費の公費負担制度を一切受けず、医療保険の自己負担分を一般患者と同様にすべて払ってきたからだ。小慢の事業ができたのが昭和49(1974)年。血友病等血液疾患は制度発足時から、適用疾患の指定を受けてきた。小慢はそれ以前にあった同様の事業を統合し、一本化した制度なので、血友病等血液疾患の公費負担制度は、昭和45年頃にはすでにあったと思われる。昭和45年というと私が5歳の時だ。私と私の親は、払わなくてもよい医療費を30年近く払い続けてきたのだ。インターネットでマル血の制度を偶然探し当て、その存在を知ったとき、私は呆然とするほかなかったことをおぼえている。
こうしたことが起こった原因は、まず希少難病についての情報の絶対的な欠如だ。今までこんな患者を診たこともない人間が、医療費の特例制度を教えてあげることなどできようはずもない。そして、大学病院の会計担当者すら、私が受給者証を持たないことを、何ら不審に思わなかった。私と同じ患者さんで、やはりこの制度を後年まで知らなかった方がいて、インターフェロンの費用を借金して払っていた。もうひとつは、私の親がこうした公費負担制度を忌避したふしがあることだ。母に、こんないい制度を見つけたと私がいうと、医者代がただになってよかったと単純に喜んでいた。しかし、これは昔からあったんだよ、なにか聞いた覚えはないかと私が訊くと、何か言われた気もするが、特別扱いされるみたいで嫌な気がしたのでほっといたような、とも言う。ここでいう「特別扱い」とはいい意味ではない。私の実家は農村部で、母は村社会から排除されることを恐れたのだ。
こんな体験があるから、私は今の制度のありがたみがよくわかるし、何とかして維持させることを望んでいる。そして、血友病と類縁疾患の患者に対する制度が特例のように据え置かれている一方で、厚生年金や共済年金の加入者の医療費の自己負担分がどんどん上がり、高額医療費制度が縮小になりつつある事実も、私も加入者ゆえに知っている。国は何かにつけて「今後も持続可能な制度」というが、その内実は恩恵の縮小・無効化だ。血友病や類縁疾患の患者だけが甘い汁を吸うのではなく、本来ならすべてが据え置かれるか、より受益者に恩恵ある方向になるべきなのだ。そしてこれは根拠のあることではないが、その方法はたぶんあって、国は何かを隠しているという不満が私にはある。
これに類する不満や怒りは私だけではなく、たぶん誰もが持っている。それは本来時の政権に向けられるべきものだが、選挙のつど何らかの懐柔策がとられてきた。しかし今回の総選挙では、現政権に向けられるべき怒りや不満のエネルギーが、突拍子のない方法によって流れが変えられ、あろうことか対立候補者に浴びせかけられたのだ。内田氏のいう「先手」とはまさにこのことだ。
次回、もういちど続けます。
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コメント
内田さんのとこに寄せられたトラバに憤りを覚えた。と言うより哀れかな。
投稿: gukky | 2005年9月18日 (日) 06時49分